◆ 円谷幸吉の遺書の写真を掲載しているサイトがあったので、句読点を適宜補ったうえで、引き写すと、 ◇ 父上様、母上様、三日とろゝ美味しうございました。干し柿、もちも美味しうございました。/ 敏雄兄、姉上様、おすし美味しうございました。/ 勝美兄、姉上様、ブドウ酒、リンゴ美味しうございました。/ 巌兄、姉上様、しそめし、南蛮づけ美味しうございました。/ 喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。/ 幸造兄、姉上様、往復車に便乗さして戴き有難うございました。モンゴいか美味しうございました。/ 正男兄、姉上様、お気を煩わして大変申し訳 〔ここまで一枚目、以下省略〕 ◆ みごとな食べ物づくしで、だから、 ◇ 一体この遺書は何だ、と思った。食い物のことだけじゃないのか。それとも、死ぬ時は、他のことは全て忘れて、食い物のことだけが鮮やかに思い出されるのか。自分だったらどうだろう、と思った。 ◆ といった感想も当然ありうる。なかでも気になるのが「三日とろろ」で、思わず食べてみたくなる。 ◇ 幸吉はウルトラマン・シリーズの円谷英二と同じ、福島県須賀川市の出身。須賀川では正月三日にとろろを食べる風習があり、食べると風邪をひかないと言われているそうだ。幸吉が両親のもとで食べた人生最後のとろろ、本当に美味しかったのだろう。 ◆ また、後年自らも自死の道を選択することになる川端康成は、この遺書を「千万言もつくせぬ哀切である」と評したという。 ◇ 「美味しゅうございました」といふ、ありきたりの言葉が、じつに純ないのちを生きてゐる。そして、遺書全文の韻律をなしてゐる。美しくて、まことで、かなしいひびきだ。 ◆ 「美味しうございました」という言葉が「全文の韻律」をなすためには、感謝を捧げる対象が多数である必要がある。その対象が多ければ多いほど、繰り返しの効果が生きてくる。事実、幸吉は六男一女、七人兄弟の末っ子であった。 ◇ もし円谷幸吉の兄弟が、パラサイトシングルの兄ひとりだけだったら、〔中略〕 遺書のせつなく美しいリフレインも、生まれようがなかったのだ。 ◆ ところで、円谷は「つぶらや」と読むものとばかり思っていたら、圓谷正和さんという方がこんなことを書いていた。 ◇ 圓谷という私の名前について一言述べたい。この名前は福島県の南部地方、すなわち郡山、須賀川、白河に多く、円谷とも書かれる。ゴジラやウルトラマンなどで有名な円谷プロダクションの創始者、円谷英ニや東京オリンピックのマラソンで銅メダルに輝いた円谷幸吉は須賀川市出身である。それぞれ、私の遠い親戚の他人に当たる。圓谷の名前としての正式な読み方は「つむらや」である。「つぶらや」と呼ばれるようになったのは、有名になった時に、「つぶらや」と呼ばれることを訂正しなかった英二氏の怠慢のせいであるという話を、以前英二の甥に当たる方から伺った。 |
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