◆ キスにかんして。石井研堂『明治事物起源』 (ちくま学芸文庫)に「口吸の風俗」という項目があり、後の宰相西園寺公望の留学時代の話が出ている。 ◇ 西園寺望一郎〔欧羅巴紀遊抜書〕明治四年正月十六日、新約克より英國へ航する條に、『船中乗合の中に一小児あり、歳四歳許、賞に愛らしき者にて、望一郎に之を弄し、彼よりも頗る慕へり。偖上陸の期に望んで、望一の處に走せ来り、別離の挨拶し、抱かれ乍ら、望一のロを吸はんとす、望一大に驚き且大笑せり。侭て彼小児大に怒り、恨んで梯泣す、蓋し其無情を怒るなり。元来西洋の風俗にて、男女少長に不限極めて知己になれば、互に口吸す、日本人より見れば、堪へざる事なれども、一種の禧となりて、 情の篤きを彰すなり、奇と云ふべし。蓋し夷狄の悪風、興に厭ふべし』/ 風流宰相陶庵公も、始めて洋行する時代には、ロ吸の悪風を、斯くも厭ひしなりき。 |