MEMORANDUM

  梅雨草

◆ 先日(10月20日)、座ったベンチのうしろにツユクサが咲いているのに気がついて、写真を撮った。ツユクサを漢字で書けば「露草」で、「梅雨草」ではないが、そう思っている(いた)ひとも少なからずいるようで、10月にツユクサが咲いているのを見れば、なんと季節外れなことかと思うことだろう。

◇ 8月も終わりなのに、梅雨草が沢山咲いています。
mblog.excite.co.jp/user/akanesizuk/entry/detail/?id=9556464

◇ やっと梅雨らしい雨の1日になりました。梅雨の時に花が咲くので梅雨草かと思っていましたが露草なのですね。
blog.goo.ne.jp/momo2303/e/9b94cf10021cb061061fee3620cdcdcd

◇ 梅雨はやっぱりツユクサでしょう。でも、梅雨だから「梅雨草」ではなくて「露草」なんですね。ちょっと間違って覚えてました。
nazarene-fujisawa.blog.drecom.jp/archive/168

◇ 露草はずっと6月の花だと思ってました。頭の中では梅雨草と変換してたのでしょうか(*≧m≦*)
aa-taro.blog.so-net.ne.jp/2007-09-26

◆ パソコンで「つゆくさ」と入力して、漢字に変換しようとすると、変換リストに「梅雨草」はないから(と思う)、その時点で、ツユクサは「露草」であることに気がつくひともいるかもしれない。だから、「つゆ」と入力しては変換し、「くさ」と入力しては変換するようなこまめなひとは、思い違いに気づく機会をみずから逃しているという点で、すこし損をしているかもしれない。

◆ 日本語学習者にとって、同音異義語の多さは悩みの種でもあるだろう。英語のサイトにも、「つゆ」を「梅雨(rainy season)」だと解釈している例がある。

◇ In Japan it is referred to as "Monsoon Flower" because it blooms in the rainy season; it is considered to be a major weed in Tokyo.
www.hiltonpond.org/ThisWeek030829.html

◇ Known as "Tsuyukusa" (Monsoon Weed) in Japan, because it blooms during the rainy season.
davesgarden.com/community/forums/t/375635/

◇ In Japanese it is called Tsuyukusa ( 露草 or つゆくさ) or rainy season plant.
www.printsofjapan.com/Hiroshige_II_Edo_Beauty_2_aizuri-e.htm

◆ 《Wikipedia》の英語版では、"tsuyukusa" は "dew herb" の意味だと正しく記載してあった。

◆ 古い写真の整理をしていたら、2004年9月の写真に、こんなのが。

◇ 殺人事件捜査にご協力を/平成八年九月九日夕方柴又三丁目で女子大生が殺され放火される事件が発生しました。現場付近で不審な人車又は犯人に心当りある方、情報等ありましたらご連絡ください。/亀有警察署殺人放火事件特別捜査本部

◆ この事件、解決したのかどうかが気になって調べると、《Wikipedia》に「柴又女子大生放火殺人事件」という項目があって、

◇ 1996年9月9日午後4時半ごろ、東京都葛飾区柴又3丁目の民家より火災が発生。約2時間後に消し止められ、焼け跡から上智大学4年生の女性(当時21歳)の遺体が発見された。遺体は口と両手を粘着テープで、両足をパンティーストッキングで縛られており、首を鋭利な刃物で刺されていた事から警察は殺人事件と断定。現場の状況や交友関係などから、顔見知りの犯行と思われたが、2008年9月現在、犯人逮捕に至っていない。/事件から10年経った2006年9月に、両足の縛り方が「からげ結び」という造園業(造園業では「からげ結び」を「かがり結び」とも呼ばれる)や和服の着付けなどで使われる特殊な方法だった事、現場に残されたマッチ箱の残留物から家族以外のDNAが発見された事が公開された。
ja.wikipedia.org/wiki/柴又女子大生放火殺人事件

◆ と、いまも解決してないようだ。警視庁のページには、有力な情報提供者に「謝礼金500万円」とある。ところで、先の立看板の写真をどこで撮ったか記憶がない。写真を拡大して、通りの向こう側にある店の看板を読む。「Marquis」(何屋だろう?)「美容室シンデレラ」「リーチ麻雀タイム」「パソコンワープロ5Fグローリージャパン」。あれこれ検索して、葛飾区京成金町駅前であることが判明。多少の記憶もよみがえる。こちらは無事解決。

◇ 小さな頃からかけっこが早かった為末は、中学時代には100m、200mで日本一になるなど、ずっと将来を期待されていた。
 彼がブレイクしたのは1996年、高校3年の時に地元で行われた広島国体。その記録は、日本トップランクに入る記録。世界の20歳以下の大会でも4位となる好成績を収めた。世界4位になるも、為末は、そのとき世界の壁を痛感したという。
「この差は永久に埋まらない……。しかし、400mハードルを見たときなぜか穴が見えた」

www.jump.co.jp/bs-i/chojin/archive/018.html

◆ 〔この記述には多少の混乱がみられるようだ。為末が広島国体で出場したのは、400mハードルだったし、「世界の20歳以下の大会」で4位になったのは400mだった。「高校3年の時に地元で行われた広島国体」の箇所を「高校3年の時のインターハイ」とすれば、事実としては整合する。それはともかく、〕 「彼がブレイクした」と書かれている広島国体で為末大が出たのは400mハードルだった。「中学時代には100m、200mで日本一」だった選手が、なぜ400mハードルを走ったのか? 走るようになったのか? 走らなくてはならなかったのか?

◇ けれども、私は、残念ながら「カール・ルイス」になることはできませんでした。そこから伸びなかったのです。早熟だった私の体は、中3時に、身長170cm、体重65kgで、現在もこの数字はほとんど変わりません。つまり、15歳にしてすでに、私の体はピークを迎えていたわけです。
 高校に進学してからは、伸び悩む私と、伸び盛りのライバルたちとの差は、じりじりと縮まっていきました。こんなはずじゃないと、焦りました。だれにも負けたことがなかっただけに、私は負けることを心底恐れました。
 「だれよりも速く走れる」という唯一の自負を失ってしまったら、何を拠り所に、何を目指して生きていったらいいのでしょう?
 トラックで負けることは、自分の人格を全否定されることのように思えたのです。
 私は追い詰められ、そして、ついにその日がやって来ました。
 高校3年のときです。県大会の200m決勝で、2年生の選手に私は負けました。走ることで初めて負けたのです。
 初めて味わう敗戦のショック。もう伸びしろのない自分に突きつけられた「限界」の二文字。

為末大『日本人の足を速くする』(新潮新書,p.10-11)

◆ 100m、200mから400mへ。

◇ もちろん挫折感はありました。しかし、打ちひしがれたりくよくよしたりしているヒマなどなかった、という感じです。とにかく、トラックで負けることだけは絶対に受け入れられなかったのです。100m、200mの短距離でこれから先、見通しが暗いのなら、違う種目でもいいから、人よりも速く走らなければならない。それが自分なりのプライドでした。
 高校3年のインターハイで私は400mにエントリーし、首尾よく優勝することができました。そしてその後に行われた世界ジュニア選手権では4位に入賞しました。この距離では、まだ私のポテンシャルには貯金があるようでした。
 とはいえ、早熟型の宿命で、いずれは追いつかれ追い抜かれてしまう恐れは、100mと同様にあるわけで、私はその世界ジュニア選手権で行われていた他の競技を見回して、何かいい種目はないかと物色することを忘れませんでした。
 もっと自分に向く種目、自分が勝ち続けられる競技はないか。

Ibid. p.12

◆ 400mから400mハードルへ。

◇ そこで物は試しと、国体で400mハードルに出場してみたところ、49秒09で優勝してしまいました。特別な練習もしないで臨んだ初レースでのこのタイムは、なんとジュニア(20歳未満)では日本新記録で、当時世界ジュニア歴代2位の好記録でしたから、自分でもビックリしました。よほど向いていたのでしょう。
Ibid. p.13

◆ こうした「前史」を経たのち、ようやく「侍ハードラー」が誕生することになった。

  バス亭

◇ 旅先で、ある親子に道を尋ねたことがあった。〔中略〕 教えてもらったバス亭に行き、間もなくやって来たバスに乗った。
page.cafe.ocn.ne.jp/profile/foghorn/diary/d1098

◆ と、おともだちの霧さんが書いていた。乗ったバスが間違っていて、その親子があわてて車でバスを追いかけてきてくれた・・・と続く。どんな旅にも、そうした数々の失敗がふくまれているはずで、あるいは、そうしたハプニングにこそ、旅の醍醐味が隠れているのかもしれない。

◆ と、これくらい書いておかないと、続きが書きにくい。さて、引用したなかの「バス亭」という単語は、もちろん「バス停」と綴られるべきで、たんなる誤変換の結果だろうけど、山形市には「バス亭」という焼鳥屋があり、北九州市には「バス亭」というラーメン屋がある(らしい。もちろんネットで調べただけで、行ったことはない)。どちらもバス停のそばにあるのだろう。ラーメン屋と焼鳥屋というのが、なんともバス停に似つかわしく思える。これが「停車場」であったりすると、とたんに純喫茶とかバーの雰囲気がしてくるから不思議なものだ。

◆ じつは、ウチの近所にも、「バス亭」(正確には場巣亭と綴られる)という焼鳥屋があって、まさしくバス停の目の前(後?)に位置している。2年前にオープンして、すぐにつぶれるかと思ったが(その前はジンギスカン屋で、その前の前はたしかラーメン屋だった)、わりと繁盛しているようで、いまなお健在である。そのうち寄ってみることにしよう。

 ♪ 片隅に捨てられて 呼吸をやめない猫も
  どこか似ている 抱き上げて 無理やりに頬よせるよ

  スピッツ 『ロビンソン』(作詞:草野正宗)

◆ 新宿中央公園。座ろうと思ったベンチの下にネコがいたので、写真を撮って、そのベンチに腰掛けた。逃げ出すだろうと思ったベンチの下のネコは、予想に反し、ベンチの上に上がってきて、ワタシのとなりに座り、ベンチの上のネコとなった。食い物でもねだりにきたのかと思ったが、そうではなかったらしい。となりのワタシを無視して、毛づくろいを始めた。よく考えれば、そのベンチにもともといたのは(ベンチの下であれ)、そのネコのほうなのだった。無視されたワタシは、すこし気が抜けて、1メートルほど隔ててとなりにいるネコを凝視した。鼻の上、耳の裏に皮膚病が見られた。ワタシは無視されたことに深く安堵した。優しくなれない。

◆『 週刊文春』10月9日号、「阿川佐和子のこの人に会いたい」の対談相手は甲斐よしひろ。見出しに、

◇ ジェロも氷川君もロックな感じでいいね。

◆ とあって、思わず笑ってしまった。これまでずっと、甲斐バンドにはなんだか演歌っぽい感じの曲が多いな、と思っていたから。まあ、演歌ロックも悪くはない。たまたま同じ週刊誌の「近田春夫の考えるヒット」の見出しに、

◇ 英語の発音に懐かしい香りがあるGLAYに歌謡曲を歌ってほしい!!

◆ とあって、そういえば、甲斐バンドの曲には「英語の発音がGSみたいで、ちょっと最近のJポップにはない懐かしい香り」がテンコ盛りなのだった。たとえば、「安奈」という曲。

♪ 安奈 クリスマスキャンドルの灯はゆれているかい
 安奈 おまえの愛の灯はまだもえているかい

◆ ていねいにカタカナ英語として(つまりは日本語として)発音される「ク・リ・ス・マ・ス・キャ・ン・ド・ル」の箇所などは、すばらしく演歌っぽい。ついでに、「~かい」「~かい」ってところが、自己アピールみたいな気がして仕方がなかったり。安奈という女性名は、Anna という外国人なのかどうか。たとえば、ロシア人のアンナさんであったとしても、「あんなあ~」と歌われると、とたんに、着物でも着ていてほしくなる。あるいは、こうしたチャンポン具合こそが、和製ロックの真髄でもあったりするか?

甲斐 だから、曲はほとんどツアー先で書いてます。『安奈』は函館のバーで、コースターの裏に一番の歌詞を書いて、二番、三番は渋谷のバーで。一年後に函館の同じバーに行ったら、サラリーマンのおじさんが座ってて、酔っ払って『安奈』を口ずさんだんです。俺、そのとき涙出た。

◆ まさしく演歌の世界である。また、こんなこともあった。小学生のころだと思うが、歯医者に通っていたときに、有線から、

♪ テレフォン・ノイローゼ~、アハ

◆ という甲斐バンドの曲が流れていたことがあって、治療台に座りながら、虫歯の痛みがさらに強まった気がしたものだった。もうひとつだけ。甲斐よしひろは左利きで、

◇ ギターも左弾きですが、右利き用のギターをそのまま左で(弦が上下逆になった状態で)弾かれているようです。このような「右用ギターを左弾き」というのは甲斐よしひろさんだけの弾き方というわけではなく、松崎しげるさん、ベイビーフェイス、オーティス・ラッシュなど何人か拝見しています。
homepage1.nifty.com/hidex/left2/kai_y.html

◆ とはいえ、ギターという楽器は左利きにとくべつ不便にできているというわけでもなくて、むしろ、

◇ ギターを覚えるとき最初に苦労するのは左手です。右利きの人は不器用な左手を必死になって訓練するのです。
glife.aki-f.com/column/lefty.shtml

◆ じゃあ、どうして?

◆ ほんの束の間だったけど、夢を与えてくれてどうもありがとう。わたしはそれだけでじゅうぶん幸せでした。

◆ 楽しかった日々をなつかしく思い出しながら、そんなコトバをあなたに送る・・・

◆ ・・・のはやめにしよう。9月25日、小泉純一郎元首相、引退を宣言。