MEMORANDUM

  山椒魚

◆ 先日、映画『マンマ・ミーア!』を観たばかりで、ABBA の「スーパー・トゥルーパー」の調べにのせて、♪ウ~パ~、ル~パ~。『週刊文春』にこんな記事。「かつての超人気者ウーパールーパーが今度は食用になる!?」。

◇ 八〇年代のテレビCMなどに登場し愛くるしい姿で一世を風靡したウーパールーパーが、まったく違うかたちで再び脚光を浴びようとしている。/ 「ウーパールーパーを食用として国内と中国に出荷する計画です」(日本生物教材研究センター社長・林孝之氏)/ 同センターでは、もともとウーパールーパーをペット用として飼育・養殖してきたが、ブームが去ったことによって「食用」という新たな利用方法を考案している。/ 「中国向けは乾燥品、国内向けには生のまま出荷する予定で、すでに数社から取り引きの問い合わせが来ています」(同前)/ ウーパールーパーは学名をアンブリストマメキシカナムといい、サンショウウオの一種。メキシコのごく一部の湖でしか見られない珍しい種で、絶滅危惧種としてワシントン条約で輸出が禁止されているほど。そんなものを食べてもいいの? / 「日本で流通しているウーパールーパーはワシントン条約以前に輸入された個体を国内で繁殖させたもので、法的には問題ありません。メキシコでは昔から不老長寿をもたらすとして食用にされてきましたので、さほど驚くことではありません」(ウーパールーパー専門店「うぱ屋正三郎商店」代表ミウラヒロフミさん)/ ウーパールーパーは幼生の姿のまま成体になってしまう不思議な生き物。顔の左右から飛び出しているエラが幼生の名残だが……。/ 「その珍しい生態が、永遠の若さを保つという迷信に繋がったようです」(同前)/ 果たしてそのお味は、いかがなものなのか?/ 「おいしいですよ。フグとスッポンを合わせた様な淡白な味で、山椒の様なよい香りがします」(前出・林社長)/ 実は、この香りがサンショウウオ(山椒魚)の名の由来。美食家として有名だった北大路魯山人も「オオサンショウウオをさばくと強い山椒の香りが漂った」「肉は非常に美味」などと自著に記している。/ いくら美味でもオオサンショウウオは天然記念物のため食用にはできない。だが、ウーパールーパーなら「一匹八百円でお分けしてます」(前出・林社長)。/ 焼くか煮付けがおすすめとか。興味のある方は、お試しあれ。
『週刊文春』(2009年3月12日号,p.57)

◆ 「ウーパールーパーは学名をアンブリストマメキシカナムといい、サンショウウオの一種」。学名:Ambystoma mexicanum。和名:メキシコサラマンダー。英名:Axolotl(アホロートル)。では、ウーパールーパーというのはなにかというと、正体不明。日本で売り出すためにでっちあげた商用ネーミングらしい。

◆ 「ウーパールーパーは幼生の姿のまま成体になってしまう不思議な生き物」。いわゆるネオテニー(幼形成熟)。(cf.《松岡正剛の千夜千冊『ネオテニー』 アシュレイ・モンターギュ》)。

◆ 「実は、この香りがサンショウウオ(山椒魚)の名の由来」。山椒の香りがするから山椒魚? それは知らなんだ。これにはあれこれ異説もあるようだが、すくなくとも魯山人はそう書いている〔らしいが、未読(だと思ったが、買ったような気もしてきた。部屋のどこかに転がっているかもしれない)。以下の引用はとりあえずネットからのコピペ。近日中に確認予定〕。

◇ 〔・・・〕 頭にカンと一撃を食らわすと、簡単にまいって、腹を裂いたとたんに、山椒の匂いがプーンとした。腹の内部は、思いがけなくきれいなものであった。肉も非常に美しい。さすが深山の清水の中に育ったものだという気がした。そればかりでなく、腹を裂き、肉を切るに従って、芬々たる山椒の芳香が、厨房からまたたく間に家中にひろがり、家全体が山椒の芳香につつまれてしまった。おそらく山椒魚の名はこんなところからつけられたのだろう。
北大路魯山人「山椒魚」『魯山人味道』(中公文庫)

◆ こんな扱いをされては、さぞかし山椒魚も悲しんだことだろう。いっそのこと、山椒太夫の腹を裂いてやったほうがよかったのではあるまいか? アイツは悪いヤツだから。山椒大夫もサンショの匂いがしただろうか?

◆ 2007年5月4日、山形県最上郡真室川町釜渕。久しぶりに川遊びをした日。サンショウウオの幼生。オオサンショウウオではない。東北地方にいたから、トウホクサンショウウオだろうか? よくは知らない。

◆ ブックオフで105円で買った文庫本。めずらしく線を引きながら読んだ。

◇  記憶を不思議がる人は多い。そもそも「覚えている」というのは、どういうことか。
 不思議がるわりには、記憶がどういうものか、それを考える人は少ない。不思議だと思って、それでおしまいにするのであろう。そういうことを考える、そういう方法は、学校で教わらなかった。そんなところではないか。
 なんの因果か、私はそういう疑問に突き当たると、しつこく忘れない性格である。これはあまりよい性格とはいえない。ものごとにこだわることになるからである。そういうしつこさは、世の中ではしばしば嫌われる。
 疑問にぶつかったとき、もちろん答はただちには出ない。出ないからこそ、疑問なのである。答が出てしまえば、もはや疑問とはいえない。ところで、ただちには出ない答を、いつまでも要求する。それには疑問を疑問として記憶していなければならない。それはちょうど、奥歯にものがはさまったようなものである。気になるから、さっさと楊枝で取り出してしまいたい。しかし歯にはさまったものとは違って、疑問の答はそう簡単にはやってこない。だから、十年越し、奥歯にものがはさまったまま、という気分で過ごす。ふつうの人は、たぶんそれが嫌いなのであろう。だから、適当な答をその場で見つけて、それで良しとする。それでは、しかし、正しい答はなかなか得られない。

養老孟司『脳のシワ』(新潮文庫,p.92-93)

◆ おともだちの霧さんが、昭和17年発行、定価1円80銭の古本を買った、というハナシを書いている。

◇ 〔・・・〕 表紙を開くと、「I.Nonaka Jan.4.1943.」 の筆記体の万年筆文字。誰かがその文字を消しゴムで消そうとした跡まではっきり残っていた。内表紙には 「野中蔵書」 の角印と丸印、奥付の前のページには 「2603,1gt 10 2605,9gt 29」 の鉛筆文字。今となっては、何を表す数字か知りようもない。
page.cafe.ocn.ne.jp/profile/foghorn/diary/d1217

◆ 「2603,1gt 10 2605,9gt 29」という数字、いささか暗号めいてはいるけれど、ある年代以上の方には、なじみのある数字であるかもしれない。「gt」は「月(GaTu)」だろう。もっとも、こんな表記をするのは、少数のインテリぐらいだったろうが。皇紀2603年1月10日~皇紀2605年9月29日。元号にすれば、昭和18年1月10日~昭和20年9月29日。読了はすでに終戦後。

◇ そういう人たちの中で、1940年生まれの方が二人いた。その一人、Kさんの近況報告の中で、「私は皇紀2600年生まれです」と言われた。神武天皇が生まれた時を元年とする数え方だということはすぐ分かったが、恥ずかしながら、“皇紀○○年”という言い方を知らなかった。
d.hatena.ne.jp/henrymiura/20080226/1203959788

◇ 皇紀二千六百年(昭和15年)に開催が予定されていたオリンピックは、日中戦争の影響で中止になり、「幻の東京オリンピック」と言われた。私が生まれたのはこの年で、就学は敗戦の翌々年だった。だから戦前、歴史の教科書に使われた「皇紀」の年号には全く馴染みはない。しかし偶々皇紀2600年の節目の年に生まれたという事だけは強く記憶に残り、少々気になる追憶になっている。
home.k00.itscom.net/seihou/tokaido/ooiso/ooiso.htm

◇ 「皇紀二千六百年、聖戦四年目、八紘一宇の有難き国家に生まれし事を喜び、且つ長男なるにより真中の二字をとり男の呼名郎を付け紘一郎と名付く」。
blog.goo.ne.jp/penkou/e/e0c901e5c67d220e355f331a2852d8ab

◆ 直前の引用は建築家・兼松紘一郎さんのブログ《日々・from an architect》から。「生きること」というカテゴリーに収められた一連の文章は、これをタダで読んでしまっていいのかと思わせるくらい、読みごたえがあった。ぜひ一読を。

◇ 神社には、皇紀2600年と彫られた石造物がよくある。皇紀というのは神武天皇が即位したとされる年を起点に数えるもので、皇紀2600年は昭和15(1940)年にあたる。太平洋戦争が勃発する直前ということもあり、国威発揚ムードと相まって、狛犬、灯籠、鳥居などが数多く新設された。
takuki.com/aic/34.htm

◇ 空は低く鼠色。
太宰治『佐渡』(青空文庫

◆ おともだちの monicca さんの、

◇ 二月の空はねずみ色がつづきます。
monicca.blog3.fc2.com/blog-entry-387.html

◆ という一文を読んで、「ねずみ色」というコトバをひさしぶりに聞いた気がした。monicca さんが「灰色」でもなく「グレー」でもなく「ねずみ色」と書いたのが、選択の結果であったのかどうかは、わからない。自分でも、白と黒の中間の色を指し示すのに、どのコトバを使っているのか、はっきりしない。なつかしく思えたくらいだから、「ねずみ色」というコトバはあまり使っていないようにも思うが、あるいは、知らず知らずまだ使っているかもしれない。

◇ たとえば、色の名称について考えてみよう。最近「ねずみ色」という名称をあまり聞かなくなった。そもそもネズミと縁遠くなった現代生活にその根本原因があると思われるが、もうひとつの要因はグレーの侵入である。
www.tokyo-np.co.jp/article/living/word/CK2008092402000194.html

◇ ねずみ色ってどんな色? 聞かれたら '灰色' と答える人がほとんどだと思います。じゃあ、実際にねずみはねずみ色してましたか? 聞かれたら、首をかしげるんではないでしょうか? あたしの家にもねずみが現われ、何度か目撃したことあります。こげ茶色でした。
blog.livedoor.jp/ayuji_0929/archives/50260679.html

◆ はは、こげ茶色でしたか。

◇ 実はわたしは "ねずみ色" のねずみを見たことがありません。ハムスターは黄色っぽいし・・・。
blog.goo.ne.jp/kunigumi/c/f9e87f83fa865abc9e6a675ee6dda03a

◇ そう言えば、昔、グレーのことをねずみ色と言って、笑われました。幼稚園支給のクレヨンにそう書いてあったのに…。灰色と言ってまだ笑われたり。ねずみも灰も最近はあんまり見ないですもんね。
geocities.yahoo.co.jp/gl/snowchild1010/view/20050622

◇ 友達:「この色のスカートどう?」 私:「ねずみ色だから、上はどんな色でも合いそうでいいね~。」 友達:「ねずみ色・・・。グレーって言ってよ・・・。」 それから服に使われる色は横文字で言うようにしましたよ。
ameblo.jp/funmatu/entry-10016381542.html

◆ では、「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる「ねずみ男」は何色か?

◇ アニメ1,2,3期(1960年後半、1970年後半、1980年後半)はねずみ男の服はねずみ色に近いものでした。しかしアニメ4,5期(1990年後半、2000年後半《現在放送中》)ではねずみ男の服は黄土色に近いものになりました。昔から鬼太郎を見ていた人は「ねずみ男の服はねずみ色」というイメージがあるのかもしれませんね。今の子供たちは「ねずみ男の服は黄土色」というイメージが定着しています。ちなみに、原作のカラーイラストは全て黄土色になっています。〔回答日時:2007/7/27 19:59:04〕
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112240601

◆ なるほど。

◆ 粉雪のつづき。地面が濡れないこと。踏みしめるとキュッと音がすること。それから、雪だるまを作るのがむずかしいこと。

◇ この時期は低温のために、さらさら雪で雪だるまをつくることができないのに、今年は気温が高くべた雪なせいか簡単に固まってこんなふうに、大きな雪だるまができました
nekonomama.at.webry.info/200901/article_1.html

◇ 子供の頃は佐世保の田舎でもよく雪が積もり雪合戦や雪だるまを作って遊んだ。それを思い出してこちらでも雪だるまを作ろうとしたが雪がさらさらで固まらない。これでは丸くする事が出来ず、だるま作りは断念。ここでは雪がさらさらで雪合戦も出来ないかもしれない。
shimasho.kitaguni.tv/e754183.html

◇ 北海道は雪がサラサラで固めてもすぐにくずれちゃいます。雪だるまがうまく作れませんでした!
star-studio.jp/minilog/index.php?ID=192

◇ 北海道と言えば、雪。雪といえば「雪だるま」、そして「かまくら」。そんな発想をする人はきっと多いですよね。でも、実は「雪だるま」も「かまくら」もあまり見かけません。「雪だるま」は、学校のグランドとか公園にたまにあるかな? 「かまくら」は、殆ど見たこと無いです。…何故でしょう?何故かって?? 理由の一つが「上手く作れない」です。雪ってのは、ある程度水分がないと固まりません。雪球作りやすいのは、やっぱり0℃前後くらい。
それ以上寒いと…雪は固まらないのです。「ギュッ」と雪を握り締めても、「ぼそぼそぼそ」と崩れてしまいます。サラサラすぎるのです。だから、「雪だるま」作るのも大変だし、「かまくら」なんて、更に難しい。水まきながら作る気力もないので、あんまり作りません。

www.geocities.jp/ykskjp/tenjo/tenjo14.html

◇ 私が育った北海道の、それも東の果ての釧路では真冬の戸外は日中でも氷点下ですから、雪はいつもサラサラのパウダースノー。いくらギュッと固めてもなかなか雪玉になりません。そしてそれを転がしてもやはり雪がついてはくれないので雪だるまにもなりません。雪だるまになるようなちょっと湿った雪が降るのは3月になってからでした。
www.bergen-school.com/tushin0802.htm

◇ 私は雪だるま作りというと、小さな雪玉をつくってそれを転がしながら、周りに雪をつけて大きくしていく…というイメージがありました。が、北海道の雪はさらさらしているのでこの方法では雪が一向にくっつきません。そこで雪に水をまぜてシャーベット状にし、それをボウルにつめて、かちかちに固めて半球を作り、2つ重ねて球にするのです。
hp1.cyberstation.ne.jp/usineko/fk_26.html

◇ 十勝の雪はサラサラなので、そのままでは固まらないので、雪だるまを作るには、二つのボールに雪を詰め込んで水をかけて固まらせ、ボールをあわせて球にして雪を取り出します。
ameblo.jp/denen-kurashi/entry-10197963916.html

◇ 北海道ではあまり雪だるまを見かけません。それはなぜか?雪だるま作れないんです。本州の雪と違いパウダースノーで非常にさらさらしている。だから、雪を丸めてもなかなか固まらない。実際にチャレンジしたのですが、ぜんぜんダメ。そのせいか、あまり雪だるまって見かけないんです。
homepage3.nifty.com/carib7/hokuto/bunka.htm#ゆきだるま

◇ 北海道の雪は、サラサラのパウダースノーなので、なかなか固まらなかったのですが、今朝は気温が高かったのか、ひなたの雪はちゃんと固まって、なんとか完成! と言っても、途中から転がせなくなってしまったので、だるまじゃなくなったのですが。しかも、アンパンマン。ぷぷ。
minniemom.exblog.jp/10322083/

◇ パウダースノーは思ったよりももっともっとサラサラで、雪だるまも作れないくらいでした。座ってもぬれないということにも驚きました。気温は-10℃と寒かったけど、全く服に水がしみてこないので、とても過ごしやすかったです。
www.hyogo-c.ed.jp/~kohoku-hs/08syugakuryokou/08syuryo.htm

◆ 最後の引用は、神戸の高校生の修学旅行(1月下旬、北海道)の感想文。大事なことは、絵空事のイメージに満足することではなくて、つまみ食いの知識を現実と取り違えることではなくて、実際にやってみること。

♪ さぁ、次のページをめくろう。空白だらけの道を。
  粉雪に濡れた未来を。

  コブクロ「NOTE」(作詞:小渕健太郎)

◆ 次のページも、コブクロから始まる。「粉雪に濡れた未来」とは、どんな未来かを努力してイメージしてみた。その結果、地球温暖化というやっかいなテーマに行き当たった(それ以外のイメージは一切思い描くことができなかった)。地球温暖化が進行し、粉雪の降る地域の気温も上昇して、本来なら地上で融けはしないはずの粉雪が、もはや粉雪とは呼べないくらいにぶざまな姿に変わってしまい、哀しみの涙でアスファルトの路面を濡らす・・・。「粉雪に濡れた未来」、なかなかいい曲ができそうだ・・・。いや、タイトルは「粉雪も濡れる街角」にしたほうが・・・。レミオロメンの「粉雪」は『1リットルの涙』というテレビドラマの主題歌だったそうだが、それに倣って、「粉雪の涙」ってのも・・・。

◆ と、バカなことを考えるのはこのへんでやめにして、粉雪の絵空事のイメージよりも、リアルで美しい(と思う)イメージを引用してみよう。そのほうが、精神衛生上、はるかによい(あなたにも、そうでありますように)。

◇ 氷点下の空から舞い降りる、まるで羽毛の様な、純白の結晶。それは地表に降り積もり、空気をたっぷりと包み込んだ、厚い層となる。踏みしめるたび、音がする。― キュッ、キュッ、と。こんな粉雪を、『鳴き雪』と表現する人がいました。
welcoming.exblog.jp/10236481/

◇ また、雪は鳴く。カーンと冷えた日の雪は、踏みこむとギュ、キュッ、ミシッと音がする。まさに雪が鳴いている。そういう日は、身も気も引き締まる。鼻水も出る(笑)
plaza.rakuten.co.jp/gotoyobito/diary/200810310000/

◇ 雪国に暮らす人ならば当然知っていると思いますが。雪もこの鳴き砂のように、踏むとギュッとかキュッとかいう音を出します。つまり、雪も鳴くのである。
ameblo.jp/denen-kurashi/day-20071204.html

◇ 雪も音を奏でます。「サクサク」というのは、氷点下でも、まだ温度が高い場合で、雪質も氷状の場合が多いようです。氷点下10℃位でしょうか?もっと低いかもしれません。粉雪を踏みしめると、まるで鳴き砂のように「キュッ、キュッ」と音がする場合があります。明日は、氷点下8℃の予報。鳴るか鳴らぬか確かめてみます。
blog.goo.ne.jp/yumeya2008/e/60cd9bf30adfde75daa3b83f964d096f

◇ 冷え込んだ朝はー15℃にはなります。ここまで冷え込むとブーツでゲレンデを歩くと「キュッ キュッ」といい音がします。これを「鳴き雪」と呼んでます。
www.s-palcall.com/patopics/diary.cgi

◇ 雪はねをしていない場所は、早くも30cm積もってブーツはすっぽり。踏みしめるとキュッと鳴ります。埋まった足を上げ歩みを進めると、ブーツについた雪はさらさらと足跡の前に落ちます。こんな雪では滑ることもありません。
biei.cocolog-nifty.com/bieigurashi/2007/11/post_0d12.html

◇ それにしても、釧路の雪は重いです。中標津の雪は、パウダースノーで、歩くとキュッ、キュッと鳴きました。こちらの雪は、サクサク、ザクザク。玄関前を除雪しましたが、重たかったです。
hikkey05.exblog.jp/9956159/

◇ 鳴き砂ならぬ鳴き雪現象が起きます。湿度が無く物凄く冷えた朝に降ったばかりの雪の上を歩くと「キュッ・キュッ」てね。
www.c-player.com/ac01003/thread/1100022009825

◇ 粉雪の積もった道は、足を下ろす度にキュッと音がする。懐中電灯は持っていない。雪の鳴く音がやみのなかに溶け込んでいく。
yu-min.sakura.ne.jp/yu-min/essay/karu3.html

◇ ポケットにしっかりと手を突っ込み雪に閉ざされいつもよりひっそりと静まり返った通りをトボトボと歩きだす。道を埋め尽くす白い絨毯を踏みしめるたび、鳴き砂ならぬ鳴き雪が「キュッ、キュッ」と小気味よい音を立てる。傘はいらない。肩に降り積もる雪は手で払えばいい。
d.hatena.ne.jp/eba58/20070116

◆ こうして、他人が書いた粉雪の「キュッ、キュッ」という音を聞くだけで、ワタシも胸もキュンとなる。

  粉雪

◆ またしても、コブクロから。

◇ みんな知ってるコブクロ。美しいメロディーとハーモニーで、僕も結構好きなアーティスト。中でも好きな曲は繰り返し聞くし、口ずさんだりもする。そんな曲は自然と歌詞にも注意がいく。すると、「メロディーはいいんだが、歌詞がどうもイマイチ・・・」と思えてくる曲がある。
minkara.carview.co.jp/userid/260054/blog/11888014/

◆ と、ブログに書いているひとがいて、たとえば、「NOTE」という歌の、

◇ 「そっと 肩を抱きよせながら 粉雪に濡れた道を」という部分。確かに“ベタ雪”じゃ美しくないだろうさ。“粉雪”という単語の持つイメージの方が断然美しいのは分かるよ。でも、粉雪じゃ道路は濡れない。道路が濡れるのはベタ雪だ。多分コブクロの二人は道路が濡れるベタ雪しか体験したことがなく、本当の粉雪をよくは知らないんだと思う。
Ibid.

◆ ワタシもそう思う。さらに、この歌は「粉雪に濡れた未来を」という一行で締めくくられているのだが、ワタシには「粉雪に濡れた未来」というコトバでいったいどのようなコトをイメージすべきなのかが皆目わからない。また、コブクロには「雪の降らない街」という歌もあるらしい。

◇ コブクロには珍しい冬をイメージした楽曲で、このタイトルは小渕の地元宮崎では雪が降らないことによる。離れ離れになってゆく恋人同士の手の中に溶けゆく雪をイメージした楽曲である。
ja.wikipedia.org/wiki/雪の降らない街

◆ まあ、宮崎出身ならしょうがないか、絵空事でも。

♪ 白い冬が街に降りて来た
  雪の降らない僕らの街に
  二人 手と手を重ね見上げた
  空一面の粉雪

  コブクロ「雪の降らない街」(作詞:小渕健太郎)

◆ 「粉雪」といえば、有名なのが、レミオロメンの「粉雪」。こちらはどうか。印象的なイントロに続いて、

♪ 粉雪舞う季節は いつもすれ違い
  レミオロメン「粉雪」(作詞:藤巻亮太)

◆ と始まる。そう、粉雪は降るよりは舞うものだ。わかってるじゃないか、と安心したのもつかの間、

♪ 粉雪 ねえ
  永遠を前に あまりに脆く
  ざらつくアスファルトの上シミになってゆくよ

◆ という箇所で、また不安がよぎる。「シミ」か。なんとも微妙な表現だな、これは。これについても、ブログに書いているひとがいて、

◇ いい曲だし、歌詞も悪くない。10代から20代前半おれもそんな曲をよく聞いていたなあと思い起こさせる曲である。30歳を過ぎて40歳近くなった今でも夢見がちなオレにとっては共感できるところはけっこうある。/ ただし、どこかの番組でレミオロメンのインタビューを聞いていて、ちょっと違和感があってすごく気になってしまった。粉雪は降ったらすぐに解けてしまうと言っていた。歌詞にも「粉雪 ねえ 永遠を前にあまりに脆く ざらつくアスファルトの上シミになってゆくよ」という一節がある。/ 雪国出身者の経験からすると、本当の粉雪は冬の特に寒い時期や乾燥している時に降る雪なので簡単には解けない。降り始めの少しぐらいは解けることもあるといえばある。しかし、実際は根雪の上に積もったり、アスファルトの地面の上を舞っていたりすることのほうが多い。またそれはそれで風情のある風景なのではあるが。/ 東京に降る雪はほとんどが(液体の)水分を含んだボタ雪で、これはすぐにアスファルトに解けてしまう。彼らの出身地は山梨ということなので粉雪が降ることもあると思うし、知識はあったと思う。ただ、山中湖で残雪を見て思いついたということだった。とするとこの曲が書かれたのはそれほど寒くない時期と考えられる。粉雪が降らない時期に書いたから、すぐに解けてしまう粉雪になってしまったのではないかと思う。しかし、ボタ雪では感動的な歌詞にはなりづらいのは事実である…。
monsoon.tabito.net/archives/17

◆ と、かなり長く(記事のほとんどを)引用してしまった。たしかに「ぼたぁ~ゆきぃ~」では、「ぼたぁ~もちぃ~」よりはましだろうが、ちと具合が悪いかもしれない。

◇ 以前、インタビューで藤巻さんがおしゃってたのは、「粉雪」っていうのは、すぐ消えて、アスファルトのしみになってしまうっていうイメージがあったそうで。。
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1010624075

◆ すぐ消える(融ける)ものかどうかは別にしても、粉雪には、どうやら、

◇ 粉雪ってはかなく脆いものなのに、何故叫んでゴツイイメージで歌わなければいけないのでしょうか…(苦笑)。
spicydrop.blog45.fc2.com/blog-entry-136.html

◆ とか、

◇ <粉雪の淡いはずの情景は、ひどくドラマチックな激情で彩られる>
haji.blogtribe.org/entry-720dbce95ffa28da02da0f1e1b0781a8.html

◆ とか、「淡くはかなく脆い」イメージ(先入観)がなぜだかつきまとっているらしいけれども、粉雪だって風が強まれば吹雪になるわけで、そんななかを車で疾走しながら、このレミオロメンの「こなぁ~ゆきぃ~」をBGMで聞けば、さぞかし気分が盛り上がることだろう。