MEMORANDUM

  都市名の形容詞

◆ 先にも「ローマの休日」で引用したが、

〔久保田正人「英語学点描」(千葉大学言語教育センター『言語文化論叢』第2号,2008, p.35)〕  通例、都市名に形容詞は存在しない。したがって Roman Holiday は「ローマの休日」の意にはならない。ローマが都市名でなく用いられるのは「(古代)ローマ帝国」という国家名のみである。
f.chiba-u.jp/about/plc02/plc02-07.pdf

◆ 「通例、都市名に形容詞は存在しない」という断定がひじょうに気にかかるので、ちょっと続きを書く。上の文章は、著者が中学・高校の英語の先生を対象とした公開講座「生徒がこんな質問をしてきたら」の一部で、引用箇所は「都市の名前に形容詞はないと教わったが、それならば映画の Roman Holiday はどうして『ローマの休日』なのか」という仮定の質問に対する回答として書かれたものだ。中学・高校の英語の授業では「都市の名前に形容詞はない」と教えているらしい。べつなひとも、都市名には形容詞がないのが「英語の大原則」と、似たようなことを書いている。

◇  Italian, Japanese, British は Italy, Japan, Britain に対応する形容詞。英語ではほとんどの国名に形容詞が与えられている。しかし都市名には形容詞がない。Milan, Shanghai, Kabul には形容詞がない。何かを修飾するには New York mayor, University of Tokyo あるいは holiday in Rome のような表現を選ぶしかないんだ。これが英語の大原則。
 Roman は現代のローマ市を表す形容詞ではない。古代ローマ帝国の形容詞なのだ。すなわち Roman Holiday を「ローマの休日」と翻訳してもいいが、ローマはローマでも、「ローマ市の休日」にあらず。「ローマ帝国の休日」である。
 ただし Roman を「現代ローマ市の形容詞」と解釈してもよい、とする辞書もある。例外事項としてローマ市だけに形容詞を与えてもいい、ってことなのかな。

art2006salt.blog60.fc2.com/blog-entry-1002.html

◆ しかし、Milan にも Shanghai にも Kabul にも形容詞形はちゃんとあって、それぞれ、Milanese、Shanghainese、Kabulian。形容詞がなかったとしても、英語の場合は、名詞の形のままで形容詞のくる位置に置けば、自動的にそれが形容詞であるかのように機能する。だから、もし「Rome」に形容詞がなくても、「Rome holiday」と並べれば「Roman holiday」の意味になるので、順序(と意味の一部)を変えてまで「holiday in Rome」とする必要もとくにない(と思う)。たとえば、「日本列島」は「the Japanese archipelago」が一般的だが、「the Japan archipelago」でも「the archipelago of Japan」でも通じる。

◆ 「国名には形容詞があるが、都市名には形容詞がない」ということであれば、すぐに「その中間の州やら郡やらはどうなるのか」とか「都市がそのまま国であるような都市国家はどうなるのか」といった無数の疑問が生じることになるので、中高生向けの便宜的な説明であっても、そのような教え方はしないほうがいいと思う。そうではなくて、すべての固有名詞(地名・人名)には対応する形容詞が実際に、あるいは潜在的に存在する(なくても一定の規則に従ってすぐ作れるのだから)、と考えたほうがいい。ただ使用頻度には差があって、ほとんど使われないものはないも同然だとは言えるかもしれない。

◆ ひとつの Roma という都市名から派生した「Roman」という形容詞が「古代のローマ帝国」には使えて「現代のローマ市」には使えないなどということはない。ないけれども、古代ローマについて使われる頻度が高いので、現代のローマ市を指すために使うと誤解を招く場合もあるかもしれない。ついでながら、上に引用した2つの文章はともに、「Roman」を「(古代)ローマ帝国」として解すべきとしているが、古代ローマといっても、帝政(Roman Empire)の前には共和政(Roman Republic)の時期が長くあったことを忘れてはならないだろう。

◆ べつな例を挙げると、「Muscovite」という語がある。これはモスクワに対応する形容詞だが、モスクワといっても、モスクワ市(Moscow)とモスクワ大公国(Muscovy)の2つがあるわけで、都市名には形容詞がないはずだから、この形容詞には「モスクワ市の」という意味はなく、もっぱら「モスクワ大公国の」という意味だ、などというバカげたことにはもちろんならず、「Muscovite」はその両方の形容詞である。

◆ 《Wikipedia》に都市名の形容詞一覧「Adjectivals and demonyms for cities」があって、見ていて飽きない(これを含む地名全般の形容詞一覧「List of adjectival and demonymic forms of place names」もある)。

◇ Note: Many of these adjectivals and demonyms are not used in English as frequently as their counterparts in other languages. A common practice is to use a city's name as if it were an adjective, as in "Vienna Philharmonic Orchestra", "Melbourne suburbs", etc.
en.wikipedia.org/wiki/Adjectivals_and_demonyms_for_cities

◆ とはいえ、英語はフランス語、イタリア語などの言語にくらべれば、都市名の形容詞形を使う頻度はかなり低いのも事実で、上の例では「Vienna Philharmonic Orchestra(ウィーン交響楽団)」「Melbourne suburbs(メルボルン郊外)」など、形容詞形があっても(Viennese、Melburnian)それを使わず、都市名自体をそれが形容詞であるかのように使用することが多い。そもそも、英語における都市名の形容詞形は、たとえば、Paris(パリ)の形容詞「Parisian」にしても、Milan(ミラノ)の形容詞「Milanese」にしても、それぞれフランス語、イタリア語からほとんど形を変えることなく借用したもので、英語独自の形容詞の生成法というのは、もともとあまりないのかもしれない(よく知らない)。

◆ 「グンマの休日」のポスターをよくみると、「GUNMA HOLIDAY」と書いてあった。あるいは、これを形容詞形にして「GUNMAN HOLIDAY」としてもおもしろかったかも。

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