MEMORANDUM

  患者様等

◇ 患者様等の安全の為、敷地内での犬等の散歩を禁止します。病院長

◆ 患者様等。なんともみごとなお役人様等のコトバである。患者と書けば、患者から「呼び捨てにするとはなにごとか」とクレームがくるかもしれず、患者様と書けば、「その他の関係者は犬を散歩させてもよいのか」とまたべつなクレームがくるかもしれないので、「等」をつけておけば、どこからもクレームがこないだろうと考え、ついでに、犬ばかりでなく、カメレオンやライオンを散歩させるひとがいないともかぎらないので、犬にも「等」をおく必要があるかと考え、これで満点だとひとりほくそ笑む。あるいは、あとになって、もう少し念には念を入れて以下のようにしておくべきだったか、と考え直したかもしれない。

◇ 患者様等の安全等の為、敷地内等での犬等の散歩等を禁止等します。病院長等

◆ 「等」が二つあるので、入れ替えることも可能だろう。また時代が違えば、「様」をつけるべきなのは「患者」ではなく「犬」であったかもしれない。

◇ お犬様の安全の為、敷地内での患者等の散歩を禁止します。病院長

◆ それにしても、そもそも「様」に「等」をつけるのがおかしいとは思わないのだろか? これでは患者を敬っているのか蔑んでいるのかわからない。おそらくはそのどちらでもなくて、この「患者」というのは、たんなるコトバ(モノ)にすぎないのだろう。なぜかはしらないが、患者にはかならず「様」をつけるようにと言われたから、とりあえずその指示に従っておけば上司からのクレームも来ないだろうし。

◇  少し前に、ある国立大学の看護学部に講演で招かれたことがありました。講演の前に、ナースの方たちと少しおしゃべりをしました。そのときに、ナースセンターに貼ってあった「『患者さま』と呼びましょう」というポスターに気づきました。「これ、なんですか?」と訊いたら、看護学部長が苦笑して、そういうお達しが厚労省のほうからあったのだと教えてくれました。
〔中略〕
 「患者さま」という呼称を採用するようになってから、病院の中でいくつか際立った変化が起きたそうです。一つは、入院患者が院内規則を守らなくなったこと(飲酒喫煙とか無断外出とか)、一つはナースに暴言を吐くようになったこと、一つは入院費を払わずに退院する患者が出てきたこと。以上三点が「患者さま」導入の「成果」ですと、笑っていました。
 当然だろうと僕は思いました。というのは、「患者さま」という呼称はあきらかに医療を商取引モデルで考える人間が思いついたものだからです。

内田樹『劇場のメディア論』(光文社新書,p.77)

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