♪ 三日おくれの 便りをのせて
船が行く行く 波浮港(はぶみなと)
都はるみ「アンコ椿は恋の花」(作詞:星野哲郎,作曲:市川昭介,1964)
◆ 離島に住んでいるわけでもないのに、たいていの場合、便りが遅れる。いや、離島でも「三日おくれ」で便りが届くというのに、どうしてだろう。三日どころか一週間、一週間どころか一ヵ月。あるいは半年。もちろん、郵便屋さんのせいではない。今の時代、「便り」というのは、英語風に「メール」ということになっていて、そのメールは、郵便屋さんの仕事を奪って、自ら「送信」ボタンを押せば事足りるはずなのに、どうしてだろう。
◆ 「あんこさん」がいるのは伊豆大島だった。伊豆大島出身の著名人に石川好がいる。
◇ 「ジャパンのドコー」
日本のどこだ、と尋ねているらしい。
「トウキョウ、オーシマ、ハブミナト」
「オー、トウキヨ。グー。ビッグ・シティ」
大島の波浮港なんて言う必要はなかった。知っているわけがないんだから。
石川好『ストロベリー・ボーイ』(文春文庫,p.36-37)
◆ 同じ本から。
◇ 僕はケントを愛飲していた。理由は単純なことだった。知り合った多くの日本人がケントを喫っている。皆が喫うならそれが一番おいしいのだろうと思って始めたのだ。しかし日本人移民がケントを喫うには特別な理由があったのだ。
喫いはじめて間もなく、畑でタバコに火をつけていたら、畑のボス、フランクさんが、「オー、ユーもスモーキングを始めよったのか。ウォット・カインドをスモークしよるのか」
「ケントです」
「ケント? どうして?」
「皆が喫っているから、これがアメリカのタバコで一番おいしいと思ったからです。ちがいますか」
「ノー・ノー。一番うまいからゆうんで、ジャパニーズがケントをスモークしよるんじゃない」
「じゃあどうして……」
「プロナウンシェーションが、イージーだからなのよ。シー、マルボロー。ウインストン。これらはやさしいようで、発音がむつかしい。それから特にラーク。これなんか、イージーに発音できるようでも、Lが入っているから、ジャパニーズにはいよいよできよらない。その点何よ、ケントゆうんは、ほれそのジャパニーズでいう『健』と発音すれば、すぐに通じる。そんなわけで、皆ケントを喫いよるのよ。昔は、ケントのことを『移民タバコ』と呼んだもんよ」
と、フランクさんは説明してくれた。フランクさんのいう通りだった。僕はマルボローのテレビ宣伝が気にいったので、それにしようと考え、リッカーストアーでマルボローと注文した。中々通じない。仕方なくセイラムだのキャメルだの、ベンソンヘッジだの手当たり次第に注文したのだが、発音が悪く、これらもなかなか通じない。最後にケーン、と大声を出したら、店員が、
「アイ・ガット・ユー」と言い、ホッとした顔付きでケントを手渡してくれた。これが始まりだった。
Ibid., p.134-136