MEMORANDUM

  ヒグマのお酒

◇ 北海道羅臼町の知床半島先端付近で9月下旬、ヒグマがテントの中の食料を食い荒らした。環境省釧路自然環境事務所は、知床岬へのトレッキング利用の自粛要請を決めた。「クマが人の食料の味をしめた可能性がある」との判断からだ。〔中略〕 今回の被害は9月25日、知床岬の手前約5キロの「念仏岩」と呼ばれる地点であった。クマがテントの一部をツメで破り、レトルトカレー、コーンスープの素などを食い荒らしたという。道外の女性がテントを置いて、徒歩で知床岬までを往復している間の出来事だった。

◆ ああ、知床半島だ、知床岬だ! もちろん、その場に居合わせていれば、のんきに「知床旅情」など歌ってはいられなかっただろう。なにしろ場所が「念仏岩」だ、念仏を唱えるほかない。それにしても、ヒグマがカレーやコーンスープに「味をしめる」とは。どこの製品だったのか、ちょっと気になる。はちみつははいっていたのだろうか? そのうち、「知床のヒグマも選んだ○○印のおいしいカレー」なんて宣伝文句で売りに出されるかも。あるいは、ヒグマ印のコーンスープなんてのができはしないか。そういえば、二十年以上前にもこんな事件があった。

◇ 北海道・知床半島の根室側海岸にあたる羅臼町トビニタイ、漁業・鹿又清澄さん(当時69歳=以下同様)宅は、自動車道路に面した二階建ての一軒家である。1986(昭和61)年の9月15日深夜、小用に起きた妻コノエさん(68)は台所で手を洗って寝室に戻った。そのほんの1、2分後、いま通ってきたばかりの台所で、ガラガラーンと大きな音がした。
本多勝一 『きたぐにの動物たち』(朝日文庫,p.297)

◆ 不意にヒグマが訪問したのだった。1時間近く台所にいたらしい。ヒグマはそこでなにをしていたか?

◇  台所は荒らされてはいたものの、ヒグマとも思えぬようなやり方に、鹿又さん一家や親類の人々は驚かされた。流し台にあった魚の食べカスなどの生ゴミには全く手をつけず、あたかも冷蔵庫を最初から目指して来たかのように扉が開かれている。
 倒れた音がしたのは電子レンジだった。そして、サシミや揚げ物などの皿が冷蔵庫から取り出され、食べたあとの皿も割れもしないで6、7枚重ねてあったという。
 さらに、一升瓶に特級酒が3分の1ほどあったのだが、倒れて空にされ、床にこぼれた形跡もなく、ヒグマが飲んだに違いないとも。梅干しとピーマンは嫌いらしく手つかず。メロンは表面の薄い皮だけきれいに残し、ほとんど芸術的ともいえる器用な食べ方だった。

Ibid., p.299-300

◆ この事件があったとき、ワタシは札幌に住んでいたが、このニュースを新聞で読んで(テレビだったか?)妙に感心した記憶がある。ほろ酔い気分で帰っていったヒグマ。いや、ヒグマのことだ、3合くらいでは水を飲んでいるようなものか。一升瓶が「倒れて空にされ」とあるが、倒して飲んだのではなく、飲んで空にしてから倒したのだという気もする。まるで空になったお銚子を(空だということを示すために)倒すみたいに。人間なら「お銚子、もう1本!」というところを、ヒグマはこともなげにいうだろう、「一升瓶、もう1本!」。いくら待っても、だれも持ってこないので、「では、帰るとするか」と、しようがなく引き上げる。どうでもいいことが気になる。ヒグマが飲み干した特級酒の銘柄はなんだったろうか? あるいは、増毛の国稀だったら、ちょっとおもしろい。もっとおもしろいのが、鹿又さん宅のその後。

◇ 今日の宿は、「ライダーハウス・熊の入った家」。1000円也。変な名前ですが、家族が寝ている間にヒグマが押し入って勝手に冷蔵庫を開けてあさりまくり、一升瓶のお酒も空にしていったという、すごい過去を持つ宿です。事件のあった昭和61年当時は新聞などでもかなりとりあげられたらしく、当時住んでいた家が今も隣に立っていて、熊の爪あとのついた冷蔵庫などもそのまま保存されていました。
homepage3.nifty.com/komy/starthp/subpage09.html

◆ これには、ヒグマもびっくりだろう。またやってくるかもしれない。今度はお客さんとして。お詫びがてらに、鮭でも背負って。なあ、山親爺。写真は「千歳サケのふるさと館」のヒグマの親子。そういえば、鹿又さん宅に来たのも親子グマだったらしい。

◇ 足跡などで調べると、外にもう一頭子グマがいたらしい。冷蔵庫にあった生ラーメンが持ち出され、その子グマが食べた跡があった。
本多勝一 『きたぐにの動物たち』(朝日文庫,p.299)

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