MEMORANDUM
2008年01月


◆ あけましておめでとうございます。

◆ 年が明けてから年賀状の作成を始め、さきほど完成した。いつものように、さっぱりデザインのアイデアが浮かばなくて困ったが、困ったときの仁王頼みで、去年の10月に草津温泉に行ったときに撮った、湯畑のそばの草津山光泉寺の仁王様にお出ましいただいた。平成生れの、ごく平凡な仁王様だが(失礼!)、背景の赤が目についたので採用することに。

◆ SMILE! SMILE! なんだか怒りたくなるようなことがたくさんあるけれど、そんなことは仁王様にまかせておいて、SMILE! SMILE! 今年もみなさまにいいことがありますように。

◆ 『週刊新潮』(1月3・10日新年特大号)に、こんな記事。

◇  東京・渋谷区にある恵比寿ガーデンプレイス。皇太子ご一家が、クリスマス用のイルミネーションをご覧になるため現地を訪れたのは、さる12月21日の夕方であった。
 この日からちょうど幼稚園が冬休みに入った愛子さまの横で、皇太子さまが写真を撮り始めると、雅子さまも続けてデジタルカメラを構えて撮影されていた(写真)。

◆ この記事で気になったのは、皇室敬語というのはむずかしいなあということでも、「続けて」 は 「続いて」 の間違いではなかろうかということでもなく、写真の雅子さまがデジタルカメラの光学ファインダーを覗いていることだった。

◆ コンパクトデジタルカメラの普及にともなって、カメラの持ち方がすっかり変わってしまった。液晶モニターが従来のファインダーの代わりをするようになって、いまではファインダーを覗いて写真を撮るというこれまでのスタイルは珍しいものとなりつつある。最近の機種には、光学ファインダーがないものまであって、これではファインダーを覗こうにも覗けない。ワタシのデジカメには光学ファインダーがまだ残されているが、一度も使ったことがない。デジカメを使い始めたころは、カメラから顔を離して液晶を見ながら写真を撮るというというポーズにややとまどいもあったが、すぐ慣れた。

◆ というわけで、雅子さまがファインダーを覗いている写真を見て、やや懐かしさも感じ、また奇妙な気もしたのだった。どうしてなのだろう?

◆ 元プロボクシングの世界チャンピオン、輪島功一。

◇ 俺はね、ずっと北海道出身と言ってきたけど、本当は樺太の大泊(おおどまり)(現・コルサコフ)生まれなんだ。
「新・家の履歴書 輪島功一」『週刊文春』(1月17日新春特別号)

◆ その後3歳で北海道士別に移住。サハリン(樺太)は、コルサコフ(大泊)、ホルムスク(真岡)、ユジノサハリンスク(豊原)。いつか行きたい。ほかに樺太出身の有名人ってだれかいたかなあ、と思って調べると、《樺太庁 - Wikipedia》に一覧表。

・寒川光太郎(小説家・芥川賞受賞)
・李恢成(小説家・群像新人文学賞受賞・芥川賞受賞)
・綱淵謙錠(小説家・直木賞受賞)
・渋井一夫(画家・二科展奨励賞受賞)
・大鵬幸喜(力士・第48代横綱・一代年寄)
・太田竜(政治運動家・「週刊日本新聞」編輯主幹)
・せんだみつお(お笑いタレント)
・若山弦蔵(声優)
・長瀬隆(評論家)
・福富節男(反戦運動家)
・金子俊男(新聞記者)
・堀達也(第五代北海道知事)
・北川源太郎(ダーヒンニェニ・ゲンダーヌ・・・ウィルタ(オロッコ)民族)

◆ 半分以上知らない。