MEMORANDUM

  蝉の残響

◆ 10月に入ると、さすがにセミの声も聞こえない。けれど、耳のなかには、夏のあいだじゅう、響いていたその声のカケラがまだ残っているらしくて、ときおり夜中に、夏の思い出のように鳴いては、ポロリとこぼれ落ちる。そんなことが何度か繰り返されて、ある日、夏が完全に終わる。

◆ 作家の川上弘美が、《ほぼ日刊イトイ新聞》の 「虫は好きですか」 という座談会で、こんな発言。

◇ 私、最近、耳鳴りがするんですが、これがジーッというから、セミが夜に鳴いているのかと思っちゃって。音が一緒で区別がつかないんです、耳鳴りとアブラゼミ。困りますね。(笑)
www.1101.com/fujin-ido/262.html

◆ 同じ座談会で、昆虫学者の矢島稔が、こんな発言。

◇ 上野動物園で昔、ドイツのハーゲンベック動物園からゾウを買い、飼い方の指導のためドイツ人の飼育係が2ヵ月ほど日本に滞在したんです。いよいよ帰国というとき、園長さんが 「お礼を差し上げたい」 と言うと、彼はアオギリの木を指して、「あの鳴く木をください」 と答えたんですよ。夏中、木から何かの鳴き声が聞こえていた。だけど鳥の姿はない。それで彼はてっきり、木が音を出してると思ったんですね。
www.1101.com/fujin-ido/261index.html

◆ 似たようなハナシに、こんなのもある。

◇ 細菌学者のコッホが日本に来たとき、歓迎会の席上、彼が日本の学者らに奇妙な質問を発した。「クリハマ」 というのは一体どんな鳥か、その姿が見たいというのである。列席の学者中にもそんな鳥の名を知る者はおらず、コッホ博士に詳しく問いただしてみると、浦賀で船を降りて東京に来る途中、松林を通りかかると、大きな声で鳴く鳥を聞いた、人力車夫にその名を問うと、
「くりはま」
とのみ答えたという。おりしも夏の事で、久里浜の松林に蝉が盛んに鳴いていたのであったが、ドイツ人のコッホ博士には、小さな虫があんな大声を発するとは想像もできぬ事であった。

奥本大三郎 『虫の宇宙誌』 (集英社文庫)

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