◆ 村上春樹の『羊をめぐる冒険』(講談社文庫)に、こんな会話がある。 ◇ 「ねえ」と僕は運転手に訊ねてみた。「円周率は知ってる?」 ◆ 「ちょっとした覚え方」とは語呂合わせのことだろう。さて、どんな語呂合わせなのかが気になって、調べてみた。 ◇ 産医師異国に向こう、産後厄無く産婦御社に、虫散々闇に鳴く ◆ 細かい異同はさておき、これがもっとも流布している語呂合わせのようである。これで、30桁(3.1415926535 8979323846 2643383279)。これには続きのあるヴァージョンもあって、39桁やら、50桁やら、はては1000桁なんてのもあるらしい。柴田昭彦さんの《円周率ものがたり》にさまざまな語呂合わせが紹介されている。が、32桁というのはちょっと見当たらなかった。30桁まで語呂合わせで覚えて、あとの2桁はそのままの数字で暗記したのかもしれない。 ◆ この語呂合わせというやつ、歴史の年号や数学の平方根の暗記など、学生時代お世話になった方も多いと思われるけれども、ワタシはほとんど使ったことがない。数字をなんの関係もない言葉に変換するということに違和感があったし、また言葉から数字への再変換がすんなりいくとは思えなかった。年号なんてのはたかだか4桁(実質的には3桁)の数字にすぎないではないか? 暗記には自信があったから。だから、 ◇ この我々には造作もない携帯電話番号の記憶ですが、欧米人たちは一体この番号をいかにして自らの脳細胞に記憶させているのでしょう。もし、ゼロ、ナイン、ゼロ・・・などと仰々しく発音して記憶せざるを得ないといたしましたら、私は英語圏に住む人々がたいそう不憫でなりません。 / そう言えば銀行のATM機の前で、しばし呆然と立ちつくしている外国人をよく見かけますが、やはり暗証番号が語呂合わせで記憶できない弊害によるものなのでしょう。そう、日本人の記憶力の良さというものは、この語呂合わせ文化の隆盛と決して無関係では無いのです。 ◆ なんて文章を読むと、「?」と思ってしまう。そもそもATMの前で「しばし呆然と立ちつくしている外国人」など一度も見たことがない。銀行のカードの暗証番号といえば、たった4桁ではないか? みなさん、暗証番号を語呂合わせで覚えたりしてるんでしょうか? ◆ 上の引用でもうひとつ気になったのは、「もし、ゼロ、ナイン、ゼロ・・・などと仰々しく発音して記憶せざるを得ないといたしましたら」というところで、どうして一度発音しなきゃいけないのかが、ワタシにはわからない。書いてある数字としばらく「にらめっこ」してりゃいいと思うんですがね。少なくとも、ワタシには音よりも画像(イメージ)で覚える方がはるかに楽なのだけれど。 ◆ 数字は数字で覚えたい。数字には数字独自の魅力があるから。野球選手の背番号を語呂合わせで覚えるひとはいないだろう。とにかく、「富士山麓オウム鳴く」とか「鳴くよウグイス平安京」とかいう、わけのわからない言葉を覚えさせられることだけは御免こうむりたい。といって、そんな機会も、もうないだろうけど。 |