MEMORANDUM

♪ 三日おくれの 便りをのせて
  船が行く行く 波浮港(はぶみなと)

  都はるみ「アンコ椿は恋の花」(作詞:星野哲郎,作曲:市川昭介,1964)

◆ アンコ椿の「アンコ」って、なに?

◇ でもなあ、アンコ椿の「アンコ」って、意味解んない。幼ない頃に耳にした時はおまんじゅうの「餡こ」だと信じて疑わなかった。後にどうやら違うらしいと気付いたものの、演歌とは無縁だった山田家。話題にのぼることもなく、ここまで来てしまったのである。
山田詠美『アンコ椿は熱血ポンちゃん』(新潮社

◆ それで、山田詠美は「新解さん」(三省堂「新明解国語辞典」のこと)のお世話になるのであるが、ワタシは持ってないので、小学館「大辞泉」を引くと、

あん‐こ 《「あねこ」の音変化》伊豆大島で、娘のこと。

◆ とある。あんこさん。

〔東京都大島町公式サイト:あんこさん〕  都はるみさんの名曲「あんこ椿は恋の花」でも有名な「あんこ」とは、もともとは目上の女性に対する敬称で、お姉さんが訛ったものとされています(姉っこ、姉こ、・・・、あんこ)。特徴は、絣の着物に前垂れ、頭に豆絞りの手ぬぐいです。特に前垂れは前掛けとは言わず、着物を締める帯の代わりをしたためあんこ衣装には帯がありません。以前は特別な衣装ではなく、普段着または作業着として着られていました。現在では、お姉さんと言うよりもこの衣装を着た女性の通称として使用しています。
 毎年1月末から3月末まで開催される「椿まつり」では、いたる所で「あんこさん」に出会えるでしょう。

www.town.oshima.tokyo.jp/highlight/anko.html

◆ あんこさん、うんこさんとは大違い。

◆ 関川夏央(1949年11月25日、新潟県長岡市生まれ)の1964年。都はるみ、など。

◇  わたしは日本海沿岸の小都市で思春期を送ったのだが、例にもれず、はるみは嫌いだった。下品だと思った。
 一九六四年、はるみがデビューした年にはわたしは中学生だったが、すでにいっぱしのモダニストだった。レイモン・ラディゲと石坂洋次郎を一日おきに読み、日活のアクション映画と純愛映画を一週間おきに見に行った。ややロマンチックな気質を持った当時の少年なら誰でもそうだったのだが、夭折することに少なからぬ関心を抱いていた。二十一歳まで生きのびてしまえば凡人と堕して、十個買えば一個おまけがつくような勤め人の人生を送らなければならないだろうと漠然と考えていたくせに、死ぬのはやはりまっぴらごめんだと内心思っていた。日活映画では、たとえば宍戸錠のセリフの諧謔と射たれかたにモダニストの先達として尊敬を払いながらも、純愛映画を見た夜は、はれて東京で大学生になれたら吉永小百合みたいな娘のいる下宿屋で明るく暮らしたいと夢想したりもした。精神の内部はまったくアンビバレントなままに放置されていたが、中学生の生活などは宿題と試合と思春期の恋の、ホームインのない三角ベースを始終やっていて飽きないものだから、つきつめて考えられる必然性もなかったわけだ。
 歌は石原裕次郎と小林旭の歌謡曲以外には興味がなかった。自転車に乗ったときと風呂のなかでは「赤いハンカチ」ばかり歌っていて、たまに母親にいや味をいわれた。しかし中学生のモダニスト仲間たちヘのみえというものもある。とんがった屋根の家に住む友人の家に集まってよくコカコーラ・パーティをした。あの頃のティーンエージャーはまず例外なくコーラ中毒にかかっていた。そこでかけられる音楽はビートルズやビーチボーイズやアニマルズだった。古典的なベンチャーズの好きなのもいたし、コニー・フランシスに執着しているのもいた。わたしもパット・ブーンやアンディ・ウィリアムズの好きな女の子とつきあっていたから、裕次郎にしびれているんだぜ、とはいいにくい空気があった。実際、ビートルズのおもしろさもわからないではなかった。
 裕次郎が好きなのは、ひとえに日活ムードアクションの影響だった。六四年の正月映画は『赤いハンカチ』だった。わたしはその頃毎週映画館にかよっていた。酒は飲みたくはなかったが、酒場に渋くはまる男になりたかった。ギターは子供心にもちょっとトッポいのではないかと感じたが、せめてピアノのひき語りくらいはこなせるようになりたいと念じた。
 東京オリンピックの閉会式の中継放送を仲間たちと美術教室で眺めながら、これからは日本も自分も国際的にならなければならないと考えたりした。
 日本は若かった。池田内閣は所得倍増の手形を振り出し、西欧諸国からはトランジスタの商人とあなどられていたが、少なくとも来年は今年よりも豊かになると誰もが信じていた。わたしの母親も電気製品の長期的購入計画をたてることを趣味にしていた。植木等が「無責任」を連呼しつづけ「こつこつやるやつァごくろうさん」と衝撃的なテーゼを提出していた。
 オリンピックのあった月に「アンコ椿は恋の花」は発売された。わずか二か月あまりで大きなヒットとなり、都はるみはレコード大賞の新人賞を獲得することになった。田舎から都市ヘ、ダサいところからいまふうのところヘ、パチンコ屋からテレビへというスタイルで都はるみのうなり節は攻めのぼってきた。わたしは自分がかなり都市の側に近いと考えたがっていたから、はるみの歌がムシロ旗のように思え、まったく愉快ではなかった。彼女が巧みに小節をまわす姿をたまたまテレビで見ると、ブスは引っこめと内心でののしった。

関川夏央『東京からきたナグネ』(ちくま文庫,p.219-221)

◆ 1964年1月3日、石原裕次郎主演の日活映画『赤いハンカチ』公開。3月10日、都はるみ、「困るのことョ」でデビュー(16歳)。10月5日、都はるみ、「アンコ椿は恋の花」(作詞:星野哲郎、作曲:市川昭介)発売。10月24日、東京オリンピック閉会式。12月26日、都はるみ、レコード大賞新人賞を「アンコ椿は恋の花」で受賞。

◆ 下駄に効用があるなら、下駄箱にも効用があるだろう。風呂に効用があるなら、風呂屋にも効用があるだろう。

◆ 《発言小町》の「昭和風呂事情」というトピがおもしろい。

「玉下駄・駒下駄」という記事を書いたが、下駄についてはなにも知らない。玉下駄というのはどんな下駄だろうと思うくらいになにも知らない。下駄箱にいれる下駄は一足もない。そもそも下駄をいれる下駄箱がない。でも、下駄はいいものらしい。

◇ さらに下駄には次のような効用がある。下駄は足の指に自由を与える。水虫なんかに負けないぞという自信を育てる。こうなればしめたもの、潮干狩に連れてゆくと、足は大いに張り切り、アサリを次々と探し出す。しゃがまなくてもよいから効率がよい。顔は潮風に吹かれていればよい。さらに下駄はちびて表札となり、最後まで人のためになる。
木下直之『ハリボテの町 通勤篇』(朝日文庫,p.33)

◆ 表札となった下駄、これはぜひいちど見てみたい。

◆ 兎追いし「故郷」の2番。

♪ 如何(いか)にいます 父母
  恙(つつが)なしや 友がき

  「故郷」(作詞:高野辰之,作曲:岡野貞一)

◆ まったくもって難解な日本語だ。

◆ 「つつが(恙)」とは、病(やまい)のことで、「つつがない」とは、病んでいない、元気である、という意味だということは知っていても、「つつがなく暮らしております」というような手紙ひとつ書いたことがあるわけでもなく、このコトバを使った記憶がない。

◆ そういえば、「つつがない」の用例で有名なのがあった。遣隋使が煬帝に届けた国書。

◇ 日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無きや。

◆ と書いてはみたが、日本史の知識がほとんどないのであとがつつがない、いや、つづかない。それよりも、「つつが」といえば、「ツツガムシ(恙虫)」を思い出してしまう。

〔Wikipedia:ツツガムシ病〕 手紙などで、相手の安否などを確認する為の常套句として使われる『つつがなくお過ごしでしょうか…』の『つつがなく』とは、ツツガムシに刺されずお元気でしょうかという意味から来ているとする説が広く信じられているが、これは誤りである。
ja.wikipedia.org/wiki/ツツガムシ病

◆ えっ、そんな説が「広く信じられている」とは、ちょっとびっくり。ツツガムシとはダニの一種。

◆ 「如何にいます 父母」の部分の替え歌にこんなのも。

〔コトノハ〕 イカに居ますアニサキス~♪
kotonoha.cc/no/90477

◆ いや、これは傑作。ツツガムシにアニサキス。どちらも寄生虫。

〔Wikipedia:寄生虫〕 寄生の部位によって、体表面に寄生するものを外部寄生虫、体内に寄生するものを内部寄生虫という。寄生虫と言ったときは、おもに内部寄生虫のことを意味することが多いが、外部寄生虫のダニなどを含めることがある。
ja.wikipedia.org/wiki/寄生虫

◆ ツツガムシは外部寄生虫。アニサキスは内部寄生虫。寄生虫といえば、《目黒寄生虫館》。この寄生虫館の定期刊行誌のタイトルがふるっている。「むしはむしでもはらのむし通信」。最新号(第190号)の表紙はアカツツガムシで、「ツツガムシとつつが虫病」という記事もある。ツツガムシ特集ということか。ちょっと読んでみたくなった。

♪ ツツガムシや アニサキス

◆ なつかしいおともだちの石公さんが、こうつぶやいていた。

◇ 「そりゃおどろいた、玉下駄、駒下駄」などと祖母がおどけていたのを、向かいの座席の和装の女性の雨用のカバーのついた下駄を見て思い出した@横須賀線。やはり雪の日は下駄ですよね、二の字、二の字の跡のつく
twitter.com/ishiko_t/status/35936230478708736

◆ みごとな「無駄口(付け足し言葉)」。東京にはたしかに文化があったんだな、と思う。蛇足ながら、「雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡」の句を田捨女が詠んだのは、わずか6歳のときだというから驚く。ほんとかな?