MEMORANDUM

  おバカさん

◆ 「バカは死んでも治らない」と「バカは死ぬまで治らない」とでは、後者のほうがはるかに文学的である、と考えるのはワタシだけであろうか? などということを考えるのはワタシだけであろう。 

『馬鹿は死んでも治らない』か『馬鹿は死ぬまで治らない』か
 馬鹿は性質である→性質は死んでも認識される→馬鹿は死んでも認識される…
 結局、馬鹿は死んでも治らない。ただし、『死人の悪口はやめよう』という前提を基に考えると、
 馬鹿は性質である→性質は人から判断されるものである→馬鹿は人から判断されるものである…となり、馬鹿という性質は、死後認識されたり語り継がれたりすることが憚られてしまい、『馬鹿は死ぬまで治らない』ということになる可能性がある。

www.age.jp/~monochro/writings/column/baka.html

◇  『バカは死ぬまで治らない』というけれど、基本的には『バカは死んでも治らない』といった方が当たってるような気がします。ただ、観点の違いなんじゃないの? つまり、『バカ』という性質そのものは死ぬことによって消えてしまうわけではないけれど、周りからの『バカ』という評価は時間とともに消えちゃうでしょ。『死人の悪口を言うのは止めよう』ってコトで。だから『バカは死ぬまで治らない』、人の噂も…的な発想。何じゃ、それ、ひどいわ…。
www.age.jp/~monochro/diary/200209_f.html

◆ これらふたつの文章、ワタシにはさっぱり理解できない。死んだら理解できるだろうか?

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