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    <title>SaturnianCafe - Memorandum</title>
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    <updated>2010-03-10T06:48:54Z</updated>
    
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    <title>北海道のカスベ</title>
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    <published>2010-03-10T06:43:29Z</published>
    <updated>2010-03-10T06:48:54Z</updated>
    
    <summary>◆ 「芋は哀し」で引用した塚本邦雄の文章をもう一度引用すると、 ◇ 平凡なシルーエットは大嫌いだ。たとえば世界地図を展げるなら、ボルネオ、スマトラ、ジャワ、マダガスカル等、芋を転がしたような単純で鈍重...</summary>
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        <![CDATA[◆ <a href="http://memo.saturniancafe.com/archives/2010/03/08_0929.php">「芋は哀し」</a>で引用した塚本邦雄の文章をもう一度引用すると、

<span class="text">◇ 平凡なシルーエットは大嫌いだ。たとえば世界地図を展げるなら、ボルネオ、スマトラ、ジャワ、マダガスカル等、芋を転がしたような単純で鈍重な形象には全く興味を持たず、鼠に噛まれる窮猫の形のセレベス、毒を吐く蜥蜴の形のパプア、毀れたギヤマンの瓶と甕をばら撒いたかのフィリッピン群島各島、日本でなら乾鱏の北海道など面白いものに属し、自分の地図にも大いに採り入れた。<small>〔原文は旧字旧仮名〕</small> </span>
<span class="url">塚本邦雄『半島』（白水社，p.70）</span>

<a href="http://armacao.exblog.jp/9460682/" target="_blank"><img src="http://photo.saturniancafe.com/misc/439.jpg" width="160" height="150" class="left" alt=""></a>◆ 北海道は乾鱏か。「鱏」はエイ。あのひらひらした軟骨魚のエイの干物。これはよくわかる。たしかにエイの形に見えなくはない。画像のエイは<a href="http://armacao.exblog.jp/9460682/" target="_blank">《ユーラシア大陸果ての定置網：カスベ》</a>から拝借。ポルトガルの Raia teiroga というガンギエイ科のエイらしい。で、このガンギエイ、北海道ではカスベと呼び、煮つけなどにする。

<span class="text">◇ <span class="url">〔ウェブシティさっぽろ：カスベ（ガンギエイ）〕</span> カスベというのは一般的にガンギエイの地方名とされています。北海道では、ほぼ一年中漁獲されています。漁獲量が増えるのは冬で、春の産卵期を前に脂がのります。札幌に住む私たちにとって、カスベはなじみの深い魚で、人によっていろいろいな食べ方や思い出があります。</span>
<span class="url">web.city.sapporo.jp/season/044kasube.html</span>

<span class="text">◇ カスベと聞いて北海道の人でも知らない人がいる。カスベはガンギエイ科のエイの一種で、北海道ではメガネカスベ（本カスベ又は真カスベ）とドブカスベ（水カスベ）が食用とされている。食用とは言ってもヒレ部分だけが水揚げされ、他の部分は海上で投棄されている。そのエイのヒレ部分を砂糖醤油で煮たものが「カスベの煮付け」である。</span>
<span class="url">take5555.exblog.jp/5361015/</span>

◆ 札幌に５年もいたのに、ワタシもカスベのことはまったく知らなかった。でも、逆に、道産子でカスベを日常食していても、それがエイだとは知らないひとも多いとか。以前、テレビの「噂のケンミンSHOW」というバラエティ番組でカスベが取り上げられたそうで、

<span class="text">◇ まずは北海道ではエイ（魚）を食すとの事。地元では「カスベ」と呼ばれている、ガンギエイというエイらしい。バラエティ故、仕方がないのであるが、エイを食べると聞いたときの出演者の反応が異常ってか、騒ぎ過ぎ。(笑)　<small>〔中略〕</small> 面白かったのは、エイを食べることよりも、カスベを食べている人たちが、エイだとは知らなかった事。魚そのものを見せられても、それが何の魚なのかわからないという人がニュースになった時代から数年が経ちますが、高齢者と言われる年齢の人までが、それがエイだと知らなかったのには驚き。逆に言えば、それだけ昔から「カスベ」として食べられているということでしょう。テレビでは魚屋さんの店頭にエイが一匹まるまま並んでいるのが映ってましたが、エイだと知らないということは昔から切り身で売っていたのでしょうか？</span>
<span class="url">udaryu.blog13.fc2.com/blog-entry-431.html</span>

◆ カスベのヒレだけしか目にしないひとは、残念ながら、北海道の形に似ていると思うことはできない。

<span class="text">◇ ”かすべ”とは、”えいひれ”のことです。えいひれとは言っても、居酒屋さんにある、アタリメのような炙って食べるおつまみではありません。最近は、スーパーでもたまに見かけるようになりましたよね。</span>
<span class="url">lainacuisine.blog86.fc2.com/blog-entry-96.html</span>

◆ カスベ＝エイヒレだと思っているひとも多いようだ。まあ、食べるだけなら問題はないが、正確カスベヒレと言うべきだろう。いずれにしても、食べているひとには、その部分が宗谷岬か襟裳岬の区別はつかない。大雪山はそこにはない。カスベと北海道の形の類似に言及しているひとがいないわけではない。

<span class="text">◇ <span class="url">〔丸鮮千代水産（札幌二条市場）〕</span> 北方のガンギエイ科に属するエイをカスベと呼びます。ちょっと北海道にも似たひし形のひらぺったい体で、口の先にはとんがった吻がついています。成長すると１ｍにもなるそうです。</span>
<span class="url">http://www.rakuten.ne.jp/gold/chiyo/contents/dict/kasube.htm</span>

<span class="text">◇ 北海道の形してる魚。カスベ。</span>
<span class="url">twitter.com/TokikoKato/status/9458516429</span>

◆ そのひとりが、なんと加藤登紀子だった。]]>
        
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    <title>ふたつの海士町</title>
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    <published>2010-03-09T00:29:41Z</published>
    <updated>2010-03-09T12:06:09Z</updated>
    
    <summary>◇ 〔MSN産経ニュース：2010.3.7 18:00〕 島根県隠岐諸島のひとつ、中ノ島にある海士町が平成１９年度から３年間、総務省から受託した地域ＩＣＴ（情報通信技術）事業を軌道に乗せ、注目を集めて...</summary>
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        <![CDATA[<span class="text">◇ <small>〔MSN産経ニュース：2010.3.7 18:00〕</small> 島根県隠岐諸島のひとつ、中ノ島にある海士町が平成１９年度から３年間、総務省から受託した地域ＩＣＴ（情報通信技術）事業を軌道に乗せ、注目を集めている。<small>〔中略〕</small> ディスプレーを設置している東京都千代田区の島根郷土料理店「主水（もんど）」では岩ガキの旬ではない時期に、瞬間凍結技術で解凍後も鮮度の保たれる映像を流した結果、通年で岩ガキの注文が入るようになった。</span>
<span class="url"><small>sankei.jp.msn.com/region/chugoku/shimane/100307/smn1003071839000-n1.htm</small></span>

◆ とまあ、こんなニュース記事を読んだんですがね。ニュースの中身の「地域ＩＣＴ（情報通信技術）事業」とやらは、俺には難しいので省略するとして、ただ、隠岐<u>にも</u>「海士町<small>（あままち）</small>」があるんだな、とそう思っただけで。それから、「主水<small>（もんど）</small>」って店の名も気になりました。なんでも最近、中村主水という方がお亡くなりになったそうですが、いやなに、俺の名前が水守昭三っていうもんだから。そう、昭三だから、昭和三年生まれ。若い頃は、トラック野郎をやったりもしましたが、今では、御覧の通りの雲助、今風にいうと、タクシードライバーってわけなんで。八十をとっくに過ぎてますが、元気なもんです。

<span class="text">◇ 俺はね、お客さん、舳倉島<small>（へくらじま）</small>の生まれなんです。水守ってのは輪島の町名にもありますが、例の「主水<small>（もんど）</small>」とほぼ同じ仕事を先祖がしていたってことじゃありませんか。親仁<small>（おやじ）</small>は船主でね、漁船と貨物船を併せて十隻ばかり持って、一時は良い暮しをしていたようです。俺の母親は舳倉島の海人<small>（あま）</small>の娘でしたよ。親仁が若い頃、夏休みに遊びに行って、一目惚れして、たった一晩寝ただけでできたんだそうな。<small>〔原文は旧字旧仮名〕</small></span>
<span class="url">塚本邦雄 「続・能登半島」（『半島』所収，白水社，p.28）</span>

<span class="text">◇ 輪島には海士町<small>（あままち）</small>という海人の本拠になる一群の町並がありましてね。元来は六月に入るとすぐ舳倉島の家へ移って行って漁を始めるんです。輪島の家は留守番子守だけ。十月の下旬、霜が降る頃、島の家を閉じて輪島の方へ引き上げて来ますよ。いやあ、昔は、六月になると巡査も坊主も奇特な医者も、海士と一緒に、進んで舳倉へ渡ってくれました。<small>〔原文は旧字旧仮名〕</small></span>
<span class="url"><em>Ibid.</em>, p.32</span>

<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2007/05/25/index.php#zc"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0705/070525zca.jpg" width="160" height="120" class="right" alt="2007/05/25"></a>◆ <span class="text">◇お客さん、もう一日暇があったら、是非案内してあげたいな。海上十三里、船で二時間一寸、一日一往復だけだが、それも凪の日だけでね。六、七、八の三月<small>（みつき）</small>は素晴しい眺めさ。島の真中は広い野原で、苦竹（まだけ）や茅<small>（かや）</small>の中に、笹百合と鬼百合が咲き乱れるんだから。周囲が一里半、南の岸は岩礁と入江ばかりで若布<small>（わかめ）</small>、荒布<small>（あらめ）</small>が茂ってる。北岸は怒涛断崖を噛むってっところですな。晩秋から真冬は哭きたいくらい淋しくて怖ろしい眺めですよ。金沢を松江にたとえるなら、舳倉は隠岐に当りましょうな。<small>〔原文は旧字旧仮名〕</small></span>
<span class="url"><em>Ibid.</em>, p.30</span>]]>
        
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    <title>芋は哀し</title>
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    <published>2010-03-08T00:29:19Z</published>
    <updated>2010-03-10T01:53:33Z</updated>
    
    <summary>◆ 焼き芋を食いながら、本を読んでいると、芋が出た。歌人・塚本邦雄は幼少のころ、自分で架空の地図を作って遊んでいたという。 ◇ 平凡なシルーエットは大嫌いだ。たとえば世界地図を展げるなら、ボルネオ、ス...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2010/03/04/index.php#a"><img src="http://photo.saturniancafe.com/1003/100304a.jpg" width="160" height="120" class="left" alt="2010/03/04"></a>◆ 焼き芋を食いながら、本を読んでいると、芋が出た。歌人・塚本邦雄は幼少のころ、自分で架空の地図を作って遊んでいたという。

<span class="text">◇ 平凡なシルーエットは大嫌いだ。たとえば世界地図を展げるなら、ボルネオ、スマトラ、ジャワ、マダガスカル等、芋を転がしたような単純で鈍重な形象には全く興味を持たず、鼠に噛まれる窮猫の形のセレベス、毒を吐く蜥蜴の形のパプア、毀れたギヤマンの瓶と甕をばら撒いたかのフィリッピン群島各島、日本でなら乾鱏の北海道など面白いものに属し、自分の地図にも大いに採り入れた。<small>〔原文は旧字旧仮名〕</small> </span>
<span class="url">塚本邦雄『半島』（白水社，p.70）</span>

◆ 「芋を転がしたような単純で鈍重な形象」をした島々。ボルネオ芋、スマトラ芋、ジャワ芋、マダガスカル芋。これらの芋はどんな芋だろう？　ジャワ芋は、やはりジャガタラ芋だろうか？　また、別な本に、

<span class="text">◇ 廓では分娩は御法度だった。遊女の産んだ子は「芋が子」と呼ばれ、山谷や三輪あたりから吉原に芋などを売りにくる農家の人に里子に出してしまう、と鴇手<small>（やりて）</small>のおかちさんが言っていた。</span>
<span class="url">斎藤真一 『吉原炎上』（文春文庫，p.102）</span>

◆ この芋はなんだろう。「里子だから、里芋？」と誰かが言った。うまく笑えない。]]>
        
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    <title>イチョウ並木にて</title>
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    <published>2010-03-06T06:15:45Z</published>
    <updated>2010-03-06T07:52:07Z</updated>
    
    <summary>◆ 去年の12月13日、東大駒場キャンパスを散歩していたときのこと。イチョウ並木のイチョウの葉はほとんど落ちてしまっていたが、その落ちたイチョウの葉を拾っている若いカップルがいて、たまたまその横を通り...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2009/12/13/index.php#l"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0912/091213la.jpg" width="160" height="120" class="right" alt="2009/12/13"></a>◆ 去年の12月13日、東大駒場キャンパスを散歩していたときのこと。イチョウ並木のイチョウの葉はほとんど落ちてしまっていたが、その落ちたイチョウの葉を拾っている若いカップルがいて、たまたまその横を通り過ぎるとき、そのカップルの男性が女性にこんなハナシをしているのが聞こえた。

<span class="text">◇ 「イチョウの葉には、男と女があるんだよ。知ってた？」</span>

◆ ワタシはアカの他人なので、そのまま通り過ぎたが、そんなハナシは初めて聞いた。イチョウは雌雄異株ということで、オスの木とメスの木があるのはもちろんだが、葉っぱにまでオスメスがあるとは？

<span class="text">◇ この歳になって初めて知りました、イチョウの葉にオスとメスがあること。葉っぱに切れ目のようなものがあるのがオスでないのがメス。スボンみたいなのがオスで、スカートみたいなのがメスってことですね。世の中のこと、知らないことがたくさんあることは承知しているし、あらゆる変化にも対応していってないのも自覚してるけど、ふとしたことで、学ぶこともあるものです。</span>
<span class="url"><small>blog.goo.ne.jp/relajante/e/82ca3e89f376322c47ce6fb8ed2ec999</small></span>

<span class="text">◇ イチョウにはオスとメスがあり、メスに銀杏が実るというのは聞いたことがありましたが、オスとメスでイチョウの葉の形が違うことを初めて知りました。ひとつ勉強になりました。メス＝女の子は扇型（スカート）で、オス＝男の子は真ん中が大きく割れている（半ズボン）。ほんとだ～。</span>
<span class="url">jwweekly.blog77.fc2.com/blog-entry-490.html</span>

◆ たしかにイチョウの葉の形は多様で、大まかに分類すれば、切れ込みがあるものとないものに二分することができて、そのそれぞれの特徴をスボン（男）とスカート（女）に見立てることにはなんの問題もないし、おもしろい見立てだとは思うけれど、葉っぱの「男女」と木のオスメスとのあいだにはなんの関係もない（と思う）。オスの木にスカートをはいた葉がついていることもあるし、メスの木にスボンをはいた葉っぱがついていることもある。イチョウの木などそれこそどこにでもあるのだから、自分の目で確かめればいいと思うのだけど、どうもそういうひとは少ないようだ。

<span class="text">◇ 先日、植物に詳しい人から聞いたのです。イチョウの葉っぱはパンタロンのがオスで、スカートがメスだと思っていたのですが、全然違っているというのです。一本のイチョウの樹の葉から、パンタロンあり、スカートあり、また違った形ありで、色んな葉っぱがあるというのです。</span>
<span class="url">www.kamakuratoday.com/suki/mokuren/35.html</span>

◆ 東大駒場キャンパスのイチョウ並木にハナシを戻すと、イチョウの葉の男女の違いについてのハナシをしていた若いカップルは、イチョウの木の根元に落ちた葉っぱを拾い上げて入念に観察してはいたけれど、すぐそばにあるイチョウの木のまだ落ちずに残っていた葉っぱをけっして見ようとはしなかった。ちょっと頭を上げれば、そのイチョウの木に、パンタロンをはいた葉っぱとスカートをはいた葉っぱが仲良く（あなたたちのように）寄り添っているのを目にすることもできただろうに。いや、頭を上げなくてよかったのかもしれない。もしワタシがその若いカップルの女性だったとしたら、

<span class="text">◇ 「イチョウの葉には、男と女があるんだよ。知ってた？　こんな風にスカートをはいているのが女のイチョウで、こんな風にズボンをはいているのが男のイチョウなんだ。葉っぱの形でイチョウの木のオスメスが見分けられるんだよ」
「へえ、ぜんぜん知らなかった。ほんとね、男の子の葉っぱと女の子の葉っぱがあるわ。でも、ここに落ちてる葉っぱは全部、ここにある一本のイチョウの木から落ちてきたんじゃないの？」</span>

◆ そうして、ふたりは視線を上に向け、まだ多少は葉っぱの残っているそのイチョウの木を見ることになる。女性はこう言うだろう。

<span class="text">◇ 「このイチョウの木には、女の子の葉っぱも男の子の葉っぱも両方あるみたいね。じゃあ、このイチョウの木は、オスなの？　メスなの？　それとも両性具有ってわけ？」</span>

◆ 男性は苦し紛れにこう言うかもしれない。

<span class="text">◇ 「こ、これは、このイチョウの木は、突然変異かもしれないぞ！　ノーベル賞ものの大発見かも！」</span>

◆ 女性は冷ややかに言うだろう。

<span class="text">◇ 「あなた、ほんとに東大生？」</span>

◆ いや、東大構内を歩いていたからといって、この若いカップルが東大生とはかぎるまい。もしかしたら、東大生だったのかもしれないが、少なくとも男性のほうは東大生ではなかったと思いたい。しかし、こんなハナシはどこからでてきたんだろう。]]>
        
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    <title>荒川区の公衆便所</title>
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    <id>tag:memo.saturniancafe.com,2010://5.5465</id>
    
    <published>2010-03-06T02:53:41Z</published>
    <updated>2010-03-06T04:04:54Z</updated>
    
    <summary>◆ 東京スポーツの 《「公衆便所」は女性蔑視？》という記事（一部省略）。 ◇ 〔東京スポーツ：2010年03月04日〕 　日本が誇る世界のアスリート北島康介の出身地として知られる東京・荒川区で、なんと...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memo.saturniancafe.com/">
        <![CDATA[◆ 東京スポーツの <a href="http://www.tokyo-sports.co.jp/hamidashi.php?hid=7355" target="_blank">《「公衆便所」は女性蔑視？》</a>という記事（一部省略）。

<span class="text">◇ <span class="url">〔東京スポーツ：2010年03月04日〕</span> 　日本が誇る世界のアスリート北島康介の出身地として知られる東京・荒川区で、なんとも珍妙な「トイレ論争」が勃発、関係者は大マジで激論を戦わせている。「公衆便所」の４文字が不潔なイメージだとして、呼称を「公衆トイレ」に変更する条例案が提出されたのが事の発端。紛糾する区議会では、アングラな女性蔑視用語が飛び出すトンデモ事態にまで発展している。
　「便所は便という（不潔な）イメージで、語感も悪い。トイレの方が清潔感やキレイな状況が、イメージできるのではないか」と区側が公衆便所を公衆トイレに統一表記する条例の改正案を先ごろ提出した。
　区内の公園や道路わきなどにある看板や案内をすべてトイレへ書き換えるのはもちろん、条例の公文書でも「便所」の２文字を消すことで根本からイメージ脱却を図るというのだ。
　なるほど！と思えなくもない。だが、これに対し複数の区議からは「トイレと言い換えれば、カッコよくてハイカラというのは、自虐的だ。便所が便所で何が悪い！」との意見や「区が清掃を怠った罪を“便所”という日本語に押し付けている」と反対意見が続出したから、区側もさぞ驚いたに違いない。
　想定外の追及の嵐に、シドロモドロとなってしまった区側。なんと「公衆便所は女性蔑視の差別用語でもある。便所の“じょ”を女に変える隠語がある」と、何ともそぐわないとしか言いようのない例まで挙げたものだから、火に油。さらなる紛糾を招く結果になってしまった。
　貞操観念が低く“ヤリマン”などと言われてしまう女性や、性欲処理目的の環境に置かれた女性に対して、不特定多数の人が利用する公衆便所に引き合いに出し“公衆便女”とやゆするとんでもない差別言葉は、確かにある。とはいえ、区議会という公の場で、引っ張り出すのは“いかがなものか”と、糾弾したのは呼称変更反対派の浅川喜文区議だ。「（公衆便女だなんて）くだらないことを言うのはナンセンスを通り越して、恥の上塗りというか馬脚を現した」</span>
<span class="url">www.tokyo-sports.co.jp/hamidashi.php?hid=7355</span>

◆ 「東スポ」とはいえ、いろいろと（内容も文章も）おもしろい。まず、荒川区の「枕詞」として「日本が誇る世界のアスリート北島康介の出身地として知られる」か、なるほど。たしかに、

<span class="text">◇ 荒川区で真っ先に思い浮かぶものがありません。「荒川区といえば○○○」というものを作ることが大事なのでは</span>
<span class="url">sangyo.city.arakawa.tokyo.jp/kankondankai/kankou/pdf3/k5.pdf</span>

◆ という意見もあって、そういえばそうだな、と思え、「世界の北島」が生まれなかったら、冒頭の文章はどうなっていたのかが気になりもする。

<span class="text">◇ 荒川区の観光資源といえば、あらかわ遊園、都電、日暮里繊維街等である。</span>
<span class="url">sangyo.city.arakawa.tokyo.jp/kankondankai/kankou/gijiroku2.htm</span>

◆ ううん、なんとも地味である。ということであれば、やはりしばらくは「世界の北島」に頼っておくのが無難というものだろうか（有効期限はいつまでだろう）。架空の人物でよければ、「巨人の星」の星一家が住んでいた長屋は荒川区内という設定らしい。永遠に生き続けることを宿命づけられた星一徹・飛雄馬親子のほうが、生身の人間よりは評価が安定しているように思えるけれども、これもどうだかわからない。すでに有効期限が切れているかもしれない。

<span class="text">◇ アニメ版において星一徹宛ての郵便物に「荒川区町屋9-16」という宛て先が示されていた。ただし、町屋は8丁目までしかなく、9-16は架空の地。泪橋も飛雄馬親子のランニングシーンに登場する。</span>
<span class="url">ja.wikipedia.org/wiki/荒川区</span>

<center><a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2004/12/21/index.php#b"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0412/041221ba.jpg" width="160" height="120" class="center" alt="2004/12/21"></a><a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2008/11/23/index.php#c"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0811/081123ca.jpg" width="160" height="120" class="center" alt="2008/11/23"></a><a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2006/02/25/index.php#d"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0602/060225da.jpg" width="160" height="120" class="center" alt="2006/02/25"></a></center>

◆ 町屋からは都電荒川線に乗って終点の三ノ輪橋電停で降り、浄閑寺あたりを抜けてぶらぶら歩けば、15分ほどで、泪橋交差点に着く。泪橋といえば、「あしたのジョー」にも登場するが（というか、こちらのほうが有名だが）、とうの昔に橋はなく、明治通りの交差点名としてのみその名を残す。岡林信康の「山谷ブルース」で知られる日雇い労働者の街、山谷はこの辺り。

<span class="text">◇ 泪橋（台東区・荒川区境）はかつて江戸の境界で、近くに小塚原刑場や遊女の投込み寺（浄閑寺）があった。また、山谷地域西南部の近隣には、ソープランド街である吉原（ここも1966年の住居表示制度の実施により、正式地名としては消滅。現在は台東区千束の一部）がある。</span>
<span class="url">ja.wikipedia.org/wiki/山谷 (東京都)</span>

<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2007/02/27/index.php#t"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0702/070227ta.jpg" width="160" height="120" class="right" alt="2007/02/27"></a>◆ 荒川区から泪橋を渡って台東区に入り、しばらく歩くと吉原遊郭の入口である大門<small>（おおもん）</small>に出る。こちらも、とうの昔に門はない。荒川区の公衆便所のハナシのはずだったが、なぜか台東区に来てしまった。おっと、こんなところに公衆便所が！　ついでながら、この「新吉原大門前公衆便所」の「新」というのは、この台東区千束の吉原遊郭が「新吉原」とも呼ばれるからで（江戸時代に日本橋人形町の旧吉原から移転）、なにも吉原大門前のどこかに旧い公衆便所があったわけではない（と思う）。]]>
        
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    <title>店員の推論</title>
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    <published>2010-03-04T23:54:34Z</published>
    <updated>2010-03-04T23:55:20Z</updated>
    
    <summary>◆ ちょっと前に、ブックオフで、司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズの文庫本を10冊買ったときのこと。そのうちの９冊は100円の特価本だったが、のこりの１冊は定価の半額に近い250円だった。まとめて10...</summary>
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        <![CDATA[◆ ちょっと前に、ブックオフで、司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズの文庫本を10冊買ったときのこと。そのうちの９冊は100円の特価本だったが、のこりの１冊は定価の半額に近い250円だった。まとめて10冊をレジに出すと、<strong>ごく自然に</strong>すべて100円になった。店員が250円の値札を見落としたわけではない。店員はすべての値札をきちんと確かめたうえで、250円の値札が貼られた１冊を示し、

<span class="text">◇ 「これは、100円のシールがはがれてしまったみたいですね」</span>

◆ とていねいに言った。ワタシはなにも言わなかった。それで、すべてが100円になった。]]>
        
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    <title>故里の汽車</title>
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    <published>2010-03-04T20:20:55Z</published>
    <updated>2010-03-04T20:26:47Z</updated>
    
    <summary>◆ 画家・斎藤真一、1922（大正11）年、岡山県児島郡味野町に生まれる。味野町はその後、1948（昭和23）年、児玉市味野に、さらに、1967（昭和42）年、倉敷市児島味野に。 ◇ 　山陽線の岡山駅...</summary>
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        <![CDATA[◆ 画家・斎藤真一、1922（大正11）年、岡山県児島郡味野町に生まれる。味野町はその後、1948（昭和23）年、児玉市味野に、さらに、1967（昭和42）年、倉敷市児島味野に。

<span class="text">◇ 　山陽線の岡山駅で宇野線に乗り換えると、急に車中の人の言葉が変ってくる。まったくの岡山弁である。岡山に二十年住んで、岡山を離れてまた二十年、故里を離れるたびにも帰郷のたびにも、その懐かしさは言葉では言いあらわせない。宇野線沿いの、広々とした藤田新田を車窓に眺め、岡山から四つめの駅、茶屋町で下車、陸橋を渡って下津井線のコッペルに乗り換える。この鉄道がまた懐かしい。線路は本線よりもずっと狭く、車輌は二つか三つ繋がったマッチ箱のようで、長い煙突のついた蒸気機関車がそれをひっぱる。茶屋町から下津井まで片道六里、私の生ま故郷は下津井の一つ手前、味野というところである。
　汽車の腰掛はベンチ式で、前の人と膝がくっつくように狭い。</span>
<span class="url">斎藤真一 「故里の汽車」（『一寸昔<small>（ちょっとむかし）</small>』所収，朱雀院，p.49）</span>

<span class="text">◇ 汽車は猫のひたいのような盆地の間を縫うように走って、線路の音が座席のうす板をとうしてカタカタと頭にひびく。機関車は古くて小さいがクラウスと言って、馬力だけはあった。大正の初年開通当時ドイツから買ったもので当時は自慢の一つであったが、私の中学時代、暴風雨の或る日、山の登りカーブで煙突が落ちて、車中の通学生がみんなで谷を探しまわったことがあった。登り坂では焼玉のようになって火の粉を吹き上げるこの煙突もついにこと切れた感じであった。</span>
<span class="url"><em>Ibid.</em>, p.54</span>

◆ 下津井線とは、下津井軽便鉄道（のちに下津井鉄道、さらに下津井電鉄に社名変更）のこと。《Wikipedia》によると、

<ul>
<li>1911年（明治44年）8月15日 - 下津井軽便鉄道として設立。</li>
<li>1913年（大正2年）11月11日 - 茶屋町～味野町（後の児島）間14.5kmが開業。軌間762mm。</li>
<li>1914年（大正3年）3月15日 - 味野町～下津井間6.5kmが開業。</li>
<li>1922年（大正11年）11月28日 - 下津井鉄道に社名変更。</li>
<li>1949年（昭和24年）8月20日 - 下津井電鉄に社名変更。</li>
<li>1972年（昭和47年）4月1日 - 茶屋町～児島間を廃止。線路跡は倉敷市へ売却、自転車道となる。</li>
<li>1991年（平成3年）1月1日 - 児島～下津井間を廃止、鉄道から撤退してバス会社となる。</li>
</ul>
<span class="url">ja.wikipedia.org/wiki/下津井電鉄</span>

◆ 上記引用中の「陸橋を渡って下津井線のコッペルに乗り換える」と「機関車は古くて小さいがクラウスと言って」の、コッペルとクラウス。どちらもドイツの機関車製造メーカーだが、下津井鉄道にコッペル製蒸気機関車が在籍していたという記録は見当たらない。軽便鉄道のことを「コッペル」と呼ぶ習慣があったのかもしれない。クラウス製蒸気機関車は、<a href="http://www.shimoden.co.jp/hisory/index.html" target="_blank">《下津井電鉄株式会社：歴史資料館》</a>に、写真があった。

<a href="http://www.shimoden.co.jp/hisory/index02.html" target="_blank"><img src="http://photo.saturniancafe.com/misc/438.jpg" width="200" height="120" class="left" alt=""></a><span class="text">◇ 混合列車を引っ張る１２号機関車（昭和１３年５月２１日・下津井駅）
※大正２年９月ドイツ・クラウス社製。六輪連結炭水機関車。</span>
<span class="url">www.shimoden.co.jp/hisory/index02.html</span>

◆ 細長い煙突の蒸気機関車にマッチ箱のような客車。いかにも「汽車ポッポ」という感じだ（一瞬、鳩ポッポが頭をよぎる）。機関車の煙突がとれてしまって、乗客みんなで探しまわったというエピソードが微笑ましい。マッチ箱のような客車はもうない。マッチ箱そのものもあまり見かけなくなった。]]>
        
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    <title>「めぐる」をめぐる</title>
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    <published>2010-03-02T00:22:59Z</published>
    <updated>2010-03-03T01:57:31Z</updated>
    
    <summary>◆ 「めぐる」をめぐる。「めぐる」は、巡る、回る、廻る。 ◆ 子どものころ、「お城めぐり」が好きだった。お城のまわりをぐるぐる回るのが好きだった、というわけではもちろんない。全国（というほどではないが...</summary>
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        <![CDATA[◆ 「めぐる」をめぐる。「めぐる」は、巡る、回る、廻る。

<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2005/09/12/index.php#d"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0509/050912da.jpg" width="160" height="120" class="left" alt="2005/09/12"></a>◆ 子どものころ、「お城めぐり」が好きだった。お城のまわりをぐるぐる回るのが好きだった、というわけではもちろんない。全国（というほどではないが）のあちこちにあるお城を訪ねて回るのが好きだった。天守閣がある城なら、鉄筋コンクリートでできていても、喜んで行った。まだ子どもだった。今は、すこし大人になったので、石垣だけが残されたような城跡も好きだ。でも、城跡には、石垣も土塁も残されていないようなものの多くあって、そこまではちょっとなあ。まだまだ子どもなのか？　たとえば鎌倉市にある玉縄城がそんな城で、北条早雲が築いたそうだが、現在その跡地には女子高が建っているばかりで、城の遺構といえるようなものはほとんどなにも残されていない。ただ、「城廻<small>（しろめぐり）</small>」という町名が残っている。

◆ 「お城めぐり」と「城廻」、同じようなコトバだが、「めぐる」の意味がやや違う。ワタシの「お城めぐり」は複数の城を訪ねて回るのに対し、地名の「城廻」は、城の回りということで、もちろん城はひとつしかない。

◆ 「岬めぐり」という歌がある。1974年にヒットした山本コウタローとウィークエンドのフォークソング。

<a href="http://www.youtube.com/watch?v=wflv24GI2dU&feature=related" target="_blank"><img src="http://photo.saturniancafe.com/misc/437.jpg" width="160" height="120" class="left" alt="YouTube"></a><span class="text">♪ 岬めぐりのバスは走る
　 窓に広がる青い海よ
　 悲しみ深く胸に沈めたら
　 この旅終えて街に帰ろう</span>
　 <span class="url">山本コウタローとウィークエンド 「岬めぐり」
　 （作詞：山上路夫，作曲：山本厚太郎）</span>

<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2009/09/01/index.php#x"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0909/090901xa.jpg" width="160" height="120" class="right" alt="2009/09/01"></a>◆ 歌詞を読むかぎり、「あなたがいつか話してくれた／岬を僕はたずねて来た」あたりからして、この「岬めぐり」の岬はどうやらひとつのようだ。けれど、この歌を聞いてワタシが思い浮かべるイメージは、どうも複数の岬を回っているようなのだ。「岬めぐりのバス」は少なくとも１時間は走っていてほしいような気がする。好きだった「あなた」を失った「悲しみ」を「深く胸に沈め」るには、それくらいの時間が必要だろうと思う。ひとつの岬を回るのに１時間もかかるバスはないだろう。というか、そんなに大きな岬はないだろう。そもそも「岬めぐり」ならバスより遊覧船のほうが向いているのではないか。そんなことを考えたのは、去年の夏の終わりに北海道の積丹半島をドライブしたときに、神威岬で見かけた観光バスに「岬めぐり」とかなんとか書いてあったからで、たしかに積丹半島の海岸沿いの道路は「岬めぐり」の歌のワタシのイメージに近かった。で、この「岬めぐり」の岬とは「積丹半島」のことだったのかどうか。それとも積丹半島にある神威岬そのほかの岬をまわるという意味だったのか。

◆ 「岬めぐり」の歌詞は、三浦半島が舞台だというハナシもあるそうだ。その場合、「三浦半島＝岬」なのか、半島の複数の岬を回るという意味なのか？　それとも三浦半島の特定の岬のことなのか？　疑問はめぐりめぐる。

◆ 以前<a href="http://memo.saturniancafe.com/archives/2009/10/19_0718.php">「三浦岬」</a>という記事を書いて、ユーミンの「海を見ていた午後」の歌詞に出てくる三浦岬のことを話題にしたが、これも「岬めぐり」と同じく1974年の歌だった。岬がちょっとしたブームだったのだろうか。さらには、その記事で、ついでに「知床旅情」の「知床の岬」についても触れたが、そういえば森繁久弥がさいきん亡くなった。亡くなったといえば、「岬めぐり」の歌詞に出てくる「あなたがいつか話してくれた」の「あなた」は死んでしまったのかどうか？　さらに疑問はめぐりめぐる。]]>
        
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    <title>トイレに行く</title>
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    <published>2010-03-01T20:24:59Z</published>
    <updated>2010-03-03T15:42:56Z</updated>
    
    <summary>◆ ビデで思い出したが、こんなハナシがある。トイレのことを、フランスのフランス語では、たとえ便器がひとつであっても、「les toilettes」と複数形で表現する。だから「トイレに行く」は、フランス...</summary>
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        <![CDATA[◆ ビデで思い出したが、こんなハナシがある。トイレのことを、フランスのフランス語では、たとえ便器がひとつであっても、「les toilettes」と複数形で表現する。だから「トイレに行く」は、フランスでは「aller aux toilettes」となるが、ベルギーのフランス語では、トイレを単数形にして、「aller à la toilette」となる。なぜか？

<span class="text">◇ On en trouve en France, pas en Belgique. Il est vrai qu'en France, on va 'aux toilettes', tandis qu'en Belgique, on va 'à la toilette'. La différence doit venir de la :-)
<small>〔（ビデは）フランスにはあるけど、ベルギーにはない。たしかに、フランスでは「（複数形で）トイレに」行くと言い、ベルギーでは「（単数形で）トイレに」行くと言う。違いはそこからでしょうね。〕</small></span>
<span class="url">fr.answers.yahoo.com/question/index?qid=20080321152238AARLeZK</span>

◆ 別な答え。

<span class="text">◇Réponse : parce qu'en France il faut en visiter plusieurs pour en trouver une qui est propre.
<small>〔答え。フランスでは、きれいなトイレを見つけるのに、いくつも探しまわらないといけないから。〕</small></span>
<span class="url">forum.aufeminin.com/forum/societe2/__f18134_societe2-Pourquoi-dit-on-en-belgique-je-vais-a-la-toilette-et-en-france-je-vais-aux-toilettes.html</span>

◆ ほんとうの答えは知らない。単数形では直接的すぎるから、という説もある。]]>
        
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    <title>ビデ</title>
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    <published>2010-03-01T00:10:24Z</published>
    <updated>2010-03-01T00:11:06Z</updated>
    
    <summary>◆ イタリアの鳩事情を調べていたら、こんなブログ記事に出くわした。「AVA JALコレクション よくばりイタリア夢紀行 10日間」という団体旅行に参加したひとが、ローマで「僕ら夫婦が3泊した部屋」を写...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memo.saturniancafe.com/">
        <![CDATA[◆ イタリアの鳩事情を調べていたら、こんなブログ記事に出くわした。「AVA JALコレクション よくばりイタリア夢紀行 10日間」という団体旅行に参加したひとが、ローマで「僕ら夫婦が3泊した部屋」を写真入りで紹介していて、絵文字だらけの文章なので、それは全部省略し、句読点を打ち直して採録すると、

<span class="text">◇ 左側のトイレの写真ですが…。なんとトイレの横に良く分からないトイレ。２日目の朝、添乗員のＯさんに聞いたところ、なんと「お尻洗い」らしい。早速２日目夜から使用開始。使い方がイマイチ分からず使いましたが…。日本のウォシュレットの方が断然良い←正直な意見(ﾟ３ﾟ)</span>
<span class="url">blog.livedoor.jp/mame_momo/archives/53155787.html</span>

◆ 思わず笑ってしまったが、ビデを知らなかったからといって、なにも笑うことはない。

<span class="text">◇ わたしが初めてビデを見たのは、10年前、イタリアのホテルで。ビデとはつゆ知らず、「イタリアには大用と小用の便器があるのか！？」と軽くパニックになったことを思い出す。一緒にいた友人もビデを知らず、ちょうどいいからと、果物をビデの中で冷やしていた。その後、友人はひんやり冷えたリンゴを皮ごと食べていたが、わたしは本能的に「それは違う。それはあかん」と、しっかり皮をむき、食べたのだった。</span>
<span class="url">www.excite.co.jp/News/bit/00091133255208.html</span>

◆ ビデにまつわるハナシは、ちょっと調べただけでもいろいろとおもしろいエピソードが出てきて、きりがない。]]>
        
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    <title>セントポール大聖堂の鳩おばあさん</title>
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    <published>2010-02-26T21:37:01Z</published>
    <updated>2010-02-27T14:50:14Z</updated>
    
    <summary>◆ 善光寺の鳩豆売りのおばあさんを見て、メリー・ポピンズ（または、メアリー・ポピンズ）の鳩のエサ売りのおばあさんを思い出した、というひとがいる。 ◇ そういえばメリーポピンズに豆売りのおばあさんがでて...</summary>
    <author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memo.saturniancafe.com/">
        <![CDATA[◆ 善光寺の鳩豆売りのおばあさんを見て、メリー・ポピンズ（または、メアリー・ポピンズ）の鳩のエサ売りのおばあさんを思い出した、というひとがいる。

<span class="text">◇ そういえばメリーポピンズに豆売りのおばあさんがでていた。</span>
<span class="url">marinezumi.blog102.fc2.com/blog-entry-884.html</span>

<span class="text">◇ お二人を見ているとメアリー・ポピンズに出てくるウエストミンスター寺院の豆売りのおばあさんを思いだしてしまう。</span>
<span class="url">www.geocities.co.jp/Bookend-Christie/5898/b/zen04.htm</span>

◆ <em>Mary Poppins</em> は、日本では、ジュリー・アンドリュース主演のミュージカル映画の場合は「メリー・ポピンズ」で、その原作であるパメラ・トラバースの小説の場合は、「メアリー・ポピンズ」と表記されるようで、その違いの理由は、

<span class="text">◇ 日本では、Maryの英国式発音と米国式発音を区別するために、英国式発音は「メアリー」、米国式発音は「メリー」と書くことが習慣になっています。</span>
<span class="url">bbs3.sekkaku.net/bbs/?id=eikaiwa&mode=res&log=5352</span>

◆ ということにあるのだろう。だから、

<span class="text">◇ 映画のタイトルは『メリー・ポピンズ』だが原作の翻訳本だと『メアリー・ポピンズ』となっている。これはやはりMARYの発音がイギリス式とアメリカ式で違ったりするのだろうか。わたしは子供の頃に本の『メアリー・ポピンズ』を読んでいたのでどうも『メリー・ポピンズ』という呼び方には違和感があってしょうがない。</span>
<span class="url">www.jion-net.com/blog/archives/2004/12/post_322.html</span>

◆ というひとが出てくるのはしょうがないし、映画を先に観たひとが本の「メアリー・ポピンズ」という表記に違和感を覚えるのはしょうがない。以下、面倒なので（ワタシは映画も観てないし、本も読んでないから、どちらにも思い入れがないので）、すべて Mary Poppins と書くことにする。で、この Mary Poppins に、「鳩おばあさん」が登場するらしい。

<span class="text">◇ セントポール大聖堂といえば、メリーポピンズ。１ペンスで、鳩のエサを売っているおばあさんのシーンが浮かびます。</span>
<span class="url">blog.goo.ne.jp/elizabeth-hu/m/200903/1</span>

◆ このひとは「メリーポピンズ」と書いているので、これは映画のハナシだろうか。ところで、セントポール大聖堂？　その前には「ウエストミンスター寺院の豆売りのおばあさん」と書いているひとがいて、このひとは「メアリー・ポピンズ」と書いていたから、本では「ウエストミンスター寺院」で、映画では「セントポール大聖堂」ということになっているのだろうか。それとも、たんにどちらかが間違っているのか。ちょっと調べてみると、映画の「鳩あばあさん」は、ウエストミンスターではなくセントポールにいるらしい。それから、鳩のエサは１ペンスではなく、２ペンスらしい。

<span class="text">◇ ハトおばさんって言ったら『メリーポピンズ』にも出てましたねぇ・・・　あの部分は何回見ても涙が出るんです「２ペンスの歌」(涙)</span>
<span class="url">gon-218.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-db0b.html</span>

<span class="text">◇ 私が１番好きな場面、あのセント・ポール寺院の鳩の餌売りのおばあさんの歌が素晴らしい。トゥーペンス（２ペンス）をタペンスと発音する、いや殆どタプンと聞こえるあの歌・・・白いドームの上に鳩の群れが舞い上がる。石段に腰掛けて、鳩の餌を与えるおばあさん・・・彼女は鳥の言葉を話し、夜には大きく広がったスカートの中に鳩を入れて眠らせる・・・</span>
<span class="url">www.bestlife.ne.jp/hobby/travel/england/02/15.html</span>

◆ 「2ペンスを鳩に」(Feed the Birds）。

<center><object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/XHrRxQVUFN4&hl=fr_FR&fs=1&rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/XHrRxQVUFN4&hl=fr_FR&fs=1&rel=0" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object></center>

◆ 調べがつかなかったが、はたしてウエストミンスター寺院に鳩おばあさんはいるのだろうか。
]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>善光寺の鳩豆売り</title>
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    <published>2010-02-26T00:31:10Z</published>
    <updated>2010-02-26T14:08:36Z</updated>
    
    <summary>◆ 善光寺にも鳩豆売りがいたらしい。 ◇ 〔まちBBS：2007/11/23(金) 20:13:52〕 昔の善光寺は、それはすんごい暇な寺でした。朝、事務所の職員の仕事は、鳩のえさやりだ。だってえさや...</summary>
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        <![CDATA[◆ 善光寺にも鳩豆売りがいたらしい。

<span class="text">◇ <span class="url">〔まちBBS：2007/11/23(金) 20:13:52〕</span> 昔の善光寺は、それはすんごい暇な寺でした。朝、事務所の職員の仕事は、鳩のえさやりだ。だってえさやらないと、鳩飢え死にしちゃうんだよ。大豆をバケツ一杯か二杯ざーっとまく。これが冬。夏は観光客がくるから、鳩は生き延びるけど冬は人っ子ひとりいない。しかし今はご存知の通り鳩はじゃまもの。豆売りばーさんどこにいったのかなー。景色の一部だったのに。</span>
<span class="url">www2.machi.to/bbs/read.cgi/kousinetu/1048693199/l50</span>

<span class="text">◇ <span class="url">〔2007年12月08日〕</span> 善光寺には鳩がつき物です。いつも境内には豆を売っているおばあちゃんが居られたのですが、最近は見かけません。豆売りは禁止になったのでしょうか。</span>
<span class="url">uonononagare.wablog.com/1417.html</span>

<span class="text">◇ <span class="url">〔2008年01月17日〕</span> 山門の辺りに、昔は、煮た豆を鳩の餌に販売しているおばあさんがいましたが、もう販売していないのかなあ？小皿に盛って販売していて、よく鳩にあげたものです。懐かしい思い出です。</span>
<span class="url">sakatsume.naganoblog.jp/e71181.html</span>

<span class="text">◇ <span class="url">〔2008年05月27日〕</span> 私が幼い時には、山門の横で鳩に豆をあげるための、豆を売るおばちゃんがいたのに、今はいなくなったのが寂しい感じもある。</span>
<span class="url">fastical.naganoblog.jp/e112561.html</span>

<span class="text">◇ <span class="url">〔2009-05-08〕</span> 善光寺は20年程前、信州に嫁入りした友人を訪ねたときに来て以来、今回は2度目。<small>〔中略〕</small> 境内では鳩豆を売っていて、買ったとたんに鳩に襲われた記憶は鮮明。今は鳩豆売りのおばあさんもいないし、鳩も数えるほどしかいなかった。フン害がひどかったんだろうな。</span>
<span class="url">yokoyamaaa.blog5.fc2.com/blog-entry-648.html</span>

<span class="text">◇ <span class="url">〔2009-11-15〕</span> 豆を貰えなくなり、少し減った鳩。子供達が小さいとき、豆を鳩にあげるのが楽しみだったが、フン害や鳥インフルエンザの影響で豆売りがいなくなった。文化財を守るためにはしかたないのだろうが少し寂しい。そういえばメリーポピンズに豆売りのおばあさんがでていた。鳩の豆売りは世界共通なのかな。豆を貰えなくなった鳩。どこで餌を食べているのだろう。</span>
<span class="url">marinezumi.blog102.fc2.com/blog-entry-884.html</span>

◆ 善光寺の鳩豆売りの「おばあさん」は、「いつのまに」いなくなったのか。

<span class="text">◇ <span class="url">〔信濃毎日新聞：2003年08月30日〕</span> 　長野市の善光寺境内で名物のハトの豆売りが、今月限りで姿を消す。軒下が売り場になっている三門（山門）が九月から解体修理工事に入り、善光寺が「これを機に営業を終わりにしてもらう」と決めたため。豆を売るおばあさんは「いい潮時」と話すが、明治から続くともいわれ、参拝客になじみの深い豆売りの終了を惜しむ声は多い。
　善光寺事務局は昨秋、傷みが激しい三門大修理に着手。工事は九月から本格化し、門全体を作業の足場で覆うのに伴って、軒下の売り場スペースがなくなることになった。一七五〇（寛延三）年の建立以来、初の大規模修理で、足場が撤去されるのは五年も先。事務局は「境内にほかに雨風を避けられる場所がない」として、豆売りをやめてもらうことを決めた。「集まってくるハトのふんも門を傷めてきた原因の一つ」（善光寺関係者）との指摘もあった。
　ハトの豆売りがいつから始まったかは定かでないが、善光寺大勧進敷地内にあった養育院が一九一二（明治四十五）年四月、三門下に亜鉛ぶきの売店を作った―との記録がある。「養育院のお年寄りが養育院の維持管理を賄うために始めたと類推される」と大勧進の柄沢滋執事。
　近年は三門軒下の四隅に売り場があり、辞める人が次に始めたい人に売り場を引き継ぐ形で続いてきた。ここ数年は店主の高齢化などで売り場は二カ所に減っていた。
　二十二年間売ってきた溝口キクさん（８３）＝同市往生地＝は、常連客に「今月で終わりだよ」と声を掛けている。一九四五（昭和二十）年三月、東京にあった自宅が大空襲で焼かれ、夫の郷里の長野に疎開。行商などをした後、宿坊で働いていた縁で豆を売り始めた。
　毎日座る木製の台は、代々の店主から受け継いできた。バケツの水で軟らかくした大豆は一盛り百円。始めたころから変わらない。「不況のせいか、ハトへの関心が薄らいだのか、年々売れなくなっていた。でもいろんな人と知り合いになれた。いい潮時」
　ほぼ毎日、健康維持のため歩いて参拝に通う同市北石堂町の女性（６６）も、境内で溝口さんと言葉を交わすのが日課。「善光寺にたどり着いて話す相手がいなくなるのは寂しい」。二十八日、神奈川県から子どもと参拝に訪れた男性（３７）は「豆をまく子どもたちの楽しみが減りますね」と残念がっていた。</span>
<span class="url">www.shinmai.co.jp/news/2003/08/30/016.htm</span>

◆ 2003年08月31日か。浅草寺から鳩豆売りが消えたのが、やはり同じ年の12月31日。2003年は、鳩豆売りの歴史のなかで、どうやら重要な年だったようだ。

<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2005/02/02/index.php#zb"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0502/050202zba.jpg" width="160" height="120" class="left" alt="2005/02/02"></a>◆ ワタシが善光寺を訪れたのは、2005年2月2日。山門（三門）はまだ修理中だった。写真には鳩が写っているが、鳩豆売りのおばあさんはもういなかったので、写っていない。上に引用した新聞記事によると、かつては、この門の四隅に鳩豆売りがいたというから、まるで四天王のようだったろう。最後の「ここ数年」は、二カ所に減ったそうだから、まるで二天王のようだったろう。

<span class="text">◇ <span class="url">〔気象予報士Kasayanのお天気放談：2009年11月25日〕</span> 山門北側両脇には、内部を見学するための階段が設置されています。40年前・・・いや・・もっと最近まででしょうか・・・　この場所には、ハトにくれる（長野の方言ですね・・・「あげる」「やる」ことをこういうんですよね）豆を売っているオバさん・・・お婆さんだったかな？・・・がいました。小さなコタツにあたりながら、直径10センチほどの使いこんだ木製のお皿の上に、黄色い豆を十数粒並べていました。私の記憶の中では、この二人のお婆さんが山門の景色と一体化しています。</span>
<span class="url">kasayan.naganoblog.jp/e355633.html</span>

<span class="text">◇ <span class="url">〔風待月の庵：2003年4月9日〕</span> 私が子供の頃から山門前の左右に１対の鳩の豆売りのおばあさんがいた。<small>〔中略〕</small> どういうものかいつもふたりとも「おばあさん」だった。子供の頃見たおばあさんが生きているとは思えないから、どこかで交代があるのだろうけれど、いつ見ても同じくらい年取ったふたり組。「７０歳以上に限る」という就職条件があるんだろうか。<small>〔中略〕</small> お二人を見ているとメアリー・ポピンズに出てくるウエストミンスター寺院の豆売りのおばあさんを思いだしてしまう。</span>
<span class="url">www.geocities.co.jp/Bookend-Christie/5898/b/zen04.htm</span>

◆ もしかすると、おばあさんは「ここ数年」以上も前からずっと「二人」だったのかもしれない。]]>
        
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    <title>浅草寺の鳩豆売り</title>
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    <published>2010-02-24T19:59:44Z</published>
    <updated>2010-02-25T12:23:18Z</updated>
    
    <summary> ◆ 浅草寺の境内に「鳩ポッポの歌碑」というのがある。「鳩ポッポの歌」といっても、「ぽっぽっぽ、鳩ぽっぽ、豆がほしいか、そらやるぞ」で始まる歌とは別もので、歌詞は、 ♪ はとポッポ はとポッポ 　 ポ...</summary>
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        <![CDATA[<center><a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2010/02/22/index.php#f"><img src="http://photo.saturniancafe.com/1002/100222fa.jpg" width="160" height="120" class="center" alt="2010/02/22"></a><a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2010/02/22/index.php#g"><img src="http://photo.saturniancafe.com/1002/100222ga.jpg" width="160" height="120" class="center" alt="2010/02/22"></a></center>

◆ 浅草寺の境内に「鳩ポッポの歌碑」というのがある。「鳩ポッポの歌」といっても、「ぽっぽっぽ、鳩ぽっぽ、豆がほしいか、そらやるぞ」で始まる歌とは別もので、歌詞は、

<span class="text">♪ はとポッポ はとポッポ
　 ポッポポッポと とんでこい
　 御寺の屋根から下りてこい
　 豆をやるから皆たべよ</span>
　 <span class="url">「鳩ポッポ」（作詞：東くめ，作曲：滝廉太郎）</span>

◆ お寺の屋根に鳩はいたが、じっとして下りてこない。なぜって、だれも豆をやらないから。

<span class="text">♪ いろんな国から来た人で 浅草寺は今日もにぎやか
　 仲見世通り抜ければ 晴れ空と香炉の煙
　 いつもの様に鳩豆を 買う僕の目に飛び込んできた
　 鳩豆を自分で食べてる The tourist from somewhere</span>
　 <span class="url">The Students 「ハトマメ～Say Hello To The World.～」（作詞・作曲：槇原敬之）</span>

◆ 外国からの観光客は大勢いたが、「鳩豆を自分で食べてる」マヌケはひとりもいない。見たくても見られない。なぜって、鳩豆はもう売ってないから。浅草寺の鳩豆売りはいつのまにかいなくなってしまった。

<span class="text">◇ <span class="url">〔書を捨てて街へ出よう：浅草寺（2006年5月10日）〕</span> 浅草寺にはこれまでにも何度か来ている。この場所はハトがいっぱいいた記憶があるのだが、どうも今日は少ない。寒いせいだろうか？　そう言えば、以前あった「はとまめ」の売店も無い。よく見ると、あちらこちらにハトに餌をあげるのを禁止する張り紙が貼ってある。何と、いまやこの場所でハトに豆をあげることはできないのである。なんとびっくり。そうすると、この場にある「鳩ポッポの歌碑」も今や過去の想い出になってしまっているようだ。</span>
<span class="url">www5f.biglobe.ne.jp/~st_octopus/POI/tokyo/sensouji.htm</span>

<span class="text">◇ <span class="url">〔360@旅行ナビ：浅草寺〕</span> 昔、訪れたときは、ハト豆売り場があり、鳩がたくさんいたのに今回は見ることができませんでした。エサやり禁止となったようで、本堂近くに立っている「鳩ぽっぽの歌碑」が寂しく見えました。</span>
<span class="url"><small>www.360navi.com/photo/08tokyo/05asakusa/01sensoji/10index.htm</small></span>

<span class="text">◇ <span class="url">〔浅草たそがれ幻視行〕</span> 「鳩ポッポ歌碑」のすぐそばには、つい最近まで鳩豆を売る小屋があった。それがいつのまにか撤去され、かわりに「鳩に餌を与えてはならない」と書いた真新しい看板が立つ。野鳥を介した健康障害を懸念してのことらしく、結果、境内の鳩は激減した。</span>
<span class="url">www.ezoushi.com/genshikou/g-12/g.html</span>

◆ 「いつのまにか」なくなってしまった鳩豆売りの小屋。その「いつのまにか」とは、いつだろう。

<span class="text">◇ <span class="url">〔朝日新聞：2004/05/16 16:29〕</span> 　東京の下町名所、浅草寺からハトの豆売り小屋が消えた。ハトと遊ぶ光景は庶民の生活に溶け込んでいた。「愛鳥週間」のいま、境内にはエサやりを禁止する看板が立っている。
　「観音様とハトのかかわりは古いんです」と寺の関係者。大正時代からすでに露天商が豆を売っていたという。
　小屋は、雷門から仲見世を過ぎて左手の五重塔近くにあった。地元の人が敷地を借り、戦後間もないころに建てた。１袋１００円。トウモロコシが混ざった配合粒餌だ。隣には「鳩ポッポの歌碑」も建てられた。
　エサをやるとハトが来る。かわいいのでまたエサを。こんな繰り返しでハトは増えていった。
　一方でハトの被害も広がった。屋根や門に糞（ふん）害防止の金網やネットが設けられたが、期待したほどの効果はなかった。
　「ベランダが汚れ、洗濯物が干せない」「飛んできたハトに頭をはたかれた」。地元台東区への苦情は絶えず、皮膚炎やアレルギーを心配する声も多かった。糞や羽毛を吸い込まないようマスクをするお坊さんもいた。
　「観音様の土地だけに殺生はできない。でも、数を減らす必要はある」と、区が広報誌などを通じてエサやり禁止を呼びかけたのは昨年夏だ。
　「寂しいが、仕方ない」と寺も大みそかに小屋を撤去した。４カ月余りが過ぎた今、浅草寺のハトの数は以前より少なくなっている。
　問題のハトは「ドバト（土鳩）」と呼ばれる。原種は、アフリカ北部から中国に分布するカワラバトだ。奈良時代に日本に持ち込まれた。通信用に改良された「伝書バト」の中から野良化したものもいる。１年に何度も卵を産む。
　「食べ物を人間に依存するようになってしまい、生態系が狂ってしまった」と環境省鳥獣保護業務室。雨のあたらない建築物内に巣を作る。浅草寺には約３０００羽が生息していたとみられる。
　ハトの糞害は各地で問題になっている。広島の平和公園では、９４年から売店でのエサの販売が中止された。同年から４年間で３分の１の約１８００羽に減ったという。
　上野公園では、噴水広場付近でポップコーンが売られている。台東区によると、売り上げの一部は管轄する都の収入になっているといい、既得権益を理由に売店はエサ売りを中止しそうにない。川崎大師（神奈川県）でも、１袋１００円で豆が売られている。
　靖国神社は昨年、豆の自販機を撤去した。代わりに神社が鳩舎（きゅうしゃ）で純白のハトを飼育している。音楽を流しながらエサを与え、管理する方法だ。「個体数を一定のレベルで維持できる」と野鳥の専門家も注目している。
　「ハトにエサをあげないで」というパンフレットを環境省が全国の自治体に約１０万部配ったのは０１年。「エサを与えないと、雑草や樹木の種子、芽などを自分の力で食べる。これがハトの本来の姿」と呼びかけた。
　都市に生息する鳥と人間の関係を調べている「都市鳥研究会」（埼玉県和光市）によると、ハトは都市の環境を最大限に利用して種の維持・繁栄を図っているという。
　（１）電線に針金を植え込む（２）窓辺を急角度にし、休息地として利用できないようにする（３）カラスの声で脅すなど色々な対策が考えられたが、いずれも対症療法でしかない。
　同研究会事務局長の川内博さんは「エサを与えればハトは増える。この相関関係ははっきりしている。エサやりを制限することは時代の流れだ。生命力が強いので絶滅の恐れはない」と話している。</span>
<span class="url">www.asahi.com/national/update/0516/010.html</span>

<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2003/10/21/index.php#c"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0310/031021ca.jpg" width="160" height="120" class="right" alt="2003/10/21"></a>◆ この記事によれば、小屋が撤去されたのは、2003年12月31日のことらしい。それ以前から浅草寺には何度も足を運んでいたというのに、ワタシは鳩豆売りの小屋がなくなっていたことにまったく気がつかなかった。いや、そもそもそんな小屋があったことさえ気がついてはいなかったのだ。いったいなにを見ていたのだろう。そんな具合だから、残念ながら、鳩豆売りの小屋の写真を撮ってはいない。なにかが消え去るとあらかじめ知らされていれば、それを記録しておこうと多くのひとがそこを訪れるだろう。けれど、消え去るものは、たいていの場合、ひっそりとだれにも知られずに消え去ってしまい、消え去ったあとになって初めて、消え去ってしまったことに気がつくものだ。と、そんな言い訳を考えながら、念のため、2003年12月31日以前の浅草寺の写真を探してみたら、なんとまあ、あったのだ、「はと豆」と書かれた小屋の写真が。右隣には「鳩ポッポの歌碑」が写っている。これには豆鉄砲をくらった鳩ぐらいに驚いた。いやはや、まったく記憶にない。そういうわけで、今度はまた、その言い訳を考えなければならなくなった。]]>
        
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    <title>赤テントウ</title>
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    <published>2010-02-24T14:45:20Z</published>
    <updated>2010-02-24T15:00:47Z</updated>
    
    <summary> ◇ 「今日は赤テントウだ、きっといいことあるぞ、僕は黒テントウ、はずれ！」（赤テントウとはナナホシテントウムシのことで、赤地に七つの黒い斑点。黒テントウとは、ナミテントウムシで、黒地に赤い斑点がある...</summary>
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        <![CDATA[<center><a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2009/05/16/index.php#o"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0905/090516oa.jpg" width="160" height="120" class="center" alt="2009/05/16"></a><a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2010/02/23/index.php#a"><img src="http://photo.saturniancafe.com/1002/100223a.jpg" width="160" height="120" class="center" alt="2010/02/23"></a></center>

<span class="text">◇ 「今日は赤テントウだ、きっといいことあるぞ、僕は黒テントウ、はずれ！」（赤テントウとはナナホシテントウムシのことで、赤地に七つの黒い斑点。黒テントウとは、ナミテントウムシで、黒地に赤い斑点がある）、バラの花の裏面にびっしりついたアブラムシを食べによく集まるのがテントウムシだった。</span>
<span class="url">町田忍 『昭和なつかし図鑑 <small>私が原っぱの少年だったころ</small>』（講談社文庫，p.162）</span>

◆ 都庁に巨大な２頭のテントウムシがいた。赤テントウと銀テントウ。これはアタリかハズレか？　調べると、宮本信夫の「TENTO MUSHI」という「芸術作品」、いや都庁の用語では「アートワーク」というものらしい。

<span class="text">◇ <span class="url">〔都庁見学のご案内：アートワーク〕</span> 都庁舎には彫刻やレリーフなど３８点のアートワークが設置されています。日本の現代美術を代表する作家や代表的な外国の作家のほか市民や若手作家による公募作品（No.３１～３８）もあります。都庁を一周しながら、ぜひ見学してみてください。</span>
<span class="url">www.yokoso.metro.tokyo.jp/p-art/artwork.htm</span>

◆ せっかくだから、３８点の「アートワーク」をネット上で「見学」してみたが、芸術的感性に欠けているせいか、ほとんどなにも感じるところがなかった。それでも、なにか感想を言おうとすれば、

<span class="text">◇ 　町の中に彫刻を並べれば並べるほど、文化が向上すると考える人たちがいるらしい。行政が音頭をとり、十メートルおきに彫刻が並んだ道さえある。
　しかし、いうまでもなく、並べればよいというものではない。と書けば、電信柱や広告看板が立っているよりはましではないかと反論されるだろうが、本当にそうだろうか。
　電信柱が醜いと誰かが言い出せば、たちまち毛嫌いされてしまうように、今は「美しい」屋外彫刻の多くが、そのままで、やがてガラクタと化す日がくるに違いない。
　現に、戦前の日本の街角に立っていた軍人の彫刻を、今ではもうほとんど見ることができない。代わって、匿名の裸婦像や抽象彫刻が幅をきかせているのだが、それだって、いつ市民からそっぽを向かれるかわかりゃしない。</span>
<span class="url">木下直之 『ハリボテの町』（朝日新聞社，p.26）</span>

◆ といったものになるような気がするので、書かない。]]>
        
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    <title>ゾウのはな子</title>
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    <published>2010-02-23T00:24:34Z</published>
    <updated>2010-02-24T07:40:19Z</updated>
    
    <summary>◆ 小田原動物園のウメ子は62歳で死んだが、同い年のはな子（井の頭自然文化園）はというと、まだまだ元気なようで、 ◇ 〔吉祥寺経済新聞：2010年01月29日〕 　井の頭自然文化園は2月6日、イベント...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2005/10/20/index.php#r"><img src="http://photo.saturniancafe.com/0510/051020ra.jpg" width="160" height="120" class="left" alt="2005/10/20"></a>◆ 小田原動物園のウメ子は62歳で死んだが、同い年のはな子（井の頭自然文化園）はというと、まだまだ元気なようで、

<span class="text">◇ <span class="url">〔吉祥寺経済新聞：2010年01月29日〕</span> 　井の頭自然文化園は2月6日、イベント「アジアゾウ はな子 63歳のお祝会」を開催する。
　アジアゾウの「はな子」は日本では最高齢となる。同園の人気者で今年の1月1日で63歳を迎えた。「お祝い会」では、「お祝いデザート」として誕生日ケーキのプレゼント、伊勢丹吉祥寺店からのチャリティー金贈呈「イセ・ジョージによるチャリティ金授与式」、吉祥寺＆井の頭自然文化園クイズ大会を行う。</span>
<span class="url">kichijoji.keizai.biz/headline/903/</span>

<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2010/02/20/index.php#b"><img src="http://photo.saturniancafe.com/1002/100220ba.jpg" width="160" height="120" class="right" alt="2010/02/20"></a>◆ 昨年は、JR東日本八王子支社が作った<a href="http://www.jreast.co.jp/HACHIOJI/ensen/" target="_blank">「中央線が好きだ。」</a>のポスターにも出演していて、

<span class="text">　 好きな人が出来たら、必ずここへ連れてくる。
　 それが幼い頃からの、ゾウのはな子との約束でした。</span>

◆ というキャッチコピーが微笑ましい。

◆ こんな記事はどうだろう。<a href="http://www.depachika.com/headline/1007/" target="_blank">《伊勢丹吉祥寺店で「象のはな子パン」販売－閉店の3月14日まで》</a>

<a href="http://www.depachika.com/headline/1007/" target="_blank"><img src="http://photo.saturniancafe.com/misc/436.jpg" width="160" height="120" class="left" alt=""></a><span class="text">◇ <span class="url">〔デパチカドットコム：2010年02月15日〕</span> 伊勢丹吉祥寺店の本館地下1階にある「アンデルセン」は現在、井の頭自然文化園で飼育されている長寿日本一のアジアゾウ「はな子」にちなんだ特製「象のはな子パン」を販売している。<small>〔中略〕</small> 価格は1個210円。閉店の3月14日（日）までの毎日限定60点を販売する。</span>
<span class="url">www.depachika.com/headline/1007/</span>

<a href="http://photo.saturniancafe.com/archives/2010/02/20/index.php#o"><img src="http://photo.saturniancafe.com/1002/100220oa.jpg" width="120" height="160" class="right" alt="2010/02/20"></a>◆ それにしても、ゾウのはな子より先に、デパートの伊勢丹吉祥寺店がなくなってしまうとは！　開店したのは1971年11月ということだから、まだ38歳か。人間の年齢に換算すると、いくつなんだろう？　さすがに「デパートイヤー」の計算式はどこを探しても見つからないか。]]>
        
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